日和

□畏敬
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畏敬
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『なんだかさ、』

さわ、と吹いてきた風に目を瞑り、芭蕉は前を歩く曽良に声を掛ける。

『風、冷たくなってきたね』

じゃりを踏んで、振り返る曽良。芭蕉は何故か足を止めたまま、少し寂しげに空
を見上げる。

『そうですね』

芭蕉は時々、こうして風流人らしい一面を曽良に見せる。大抵、いい句と呼べる
ものができるのも、この時だ。
曽良は密かな期待の様なものを抱きつつ、芭蕉の思考の中の言葉を壊してしまわ
ないように沈黙する。

『…暑いのは、嫌なのにさ』

鼻孔をつく、秋の植物の匂い。

『さみしい、ね』

夏の空気を掴むように伸ばした手は、何も掴むことができないまま。

『…夏は何処に行っちゃうんだろう』
『芭蕉さん、』

ぼんやりと、遠い空を見ていた芭蕉の瞳が弟子へと向く。

『−…曽良君は悲しくならない?』
『なりませんよ』

即答した曽良に芭蕉は困ったような笑みを返す。

曽良は何か言いたげに一度目を伏せたが、何も言わないまま、歩きだした。

この調子の芭蕉の扱いは、未だにどうしていいのか判らない。
というよりも、きっと俳人としての芭蕉は遠い存在のようで畏れているのかもし
れない。



『一句、できたよ』

曽良はその詞達が乗せられた紙に目を這わせる。
それは万人が賞賛するであろう“いい句”だった。

『良いですね』

抑揚のない声で告げられる、曽良の感想。

『びゃっほう!久々に曽良くんに認められたぞ!!』
『……』

目の前で飛び跳ねるただのオッサンを、ようやく曽良は殴る事ができた。
誉めてくれたのに、何故…と涙を浮かべる芭蕉には、きっと理由を知ることは一
生出来ないのだろう。




end

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