日和

□冷たく、熱く
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冷たく、熱く
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旅の途中、夕暮れ時。
ある栄えた町に芭蕉一行は行き着いた。
提灯の明かりや、祭囃子の音で賑やかに彩られていて、今日が縁日である事を知る。
芭蕉はそれらに目を輝かせて、曽良の裾を引っ張った。
 
『曽良くんっ、お祭りやってるよ!私、お祭り大好き!』
『はぁ、そうですか』
『ねぇ行こうよ、曽良くん!』
 
曽良の素っ気無い言葉にたじろぐ素振りも見せず、芭蕉は出店のある方へと顔を向けている。
年甲斐も無くはしゃぐ芭蕉に、曽良は面倒くさそうに舌打ちをするが、それも多分芭蕉の耳には届いてないのだろう。
 
『…分かりましたよ。ただし一分だけですからね』
『やった…って、少なっ…。まぁいいや、早く行こっ』
 
浮き足立つ師の背中を見て、曽良は人知れず苦笑を漏らした。
 
 
『曽良くん、私、かき氷食べたいな!』
『…芭蕉さん、テンション高いですね。ウザい』
『師匠が食べたいって言ってるだろっ。食べたい食べたい!』
  
人でごった返す中、芭蕉はぶんぶんと手を振って駄々をこね始める。
周囲の人間の迷惑を顧みない芭蕉に弟子の断罪チョップが飛んできた。
 
『ぐふぅっ…』
『回りの方の迷惑になります。暴れないで下さい』
 
芭蕉が痛みに悶えている隙に曽良は芭蕉の目から姿を消した。
辺りをぐるりと見回してみたけれど、人の多さに圧倒されるだけだ。
 
『あ、あれ、そ、曽良くん!?……まさかほんとに見捨てられた…?』
  
不安が急に込上げてくる。恋人達や家族連れで溢れている中、芭蕉は一人ぽつんと立ち尽くす。
 
『芭蕉さん』
 
いつもの冷たい低い声。その声に、ぱっと振り返ると、何かを手にした曽良が無表情のまま、立っていた。
 
『曽良くんっ…松尾捨てられたかと思ったよ…』
『は?…それより、ほら、ご所望のモンですよ』
 
ずいっと顔面に突きつけられたのは、赤いシロップが掛かったかき氷。
 
『……え、』
『要らないんですか?なら…』
 
何の躊躇いもなく容器を逆さまにしようとする曽良の腕に芭蕉がしがみ付く。
 
『いるよっ、松尾感激しすぎて言葉が出てこなかったんだってばぁ…っ』
『ベタベタしないで下さい。ここじゃ食べにくいでしょうから、移動しましょう』
『うんっ』
 
ぶんぶんと頭を振り、どんどん先に行ってしまう曽良の後に芭蕉は付いていく。
 
出店が並ぶ通りから少し離れたところで、腰掛けるのに丁度よさそうな岩を見つけ、二人は腰を据えた。
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