日和

□か弱きもの
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か弱きもの
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自分の性質は分かっているつもりだった。
 
力なき者を見ると湧き上がる嗜虐心もただの苛立つ感情故のものだと、意識して
思うことは無かったが知っていた。


それが全て、貴方のほんの一言で崩壊してしまったんです。

 

―…曽良君は、誰かを殺したいと思ったことはあるかい



きっと何の他意も無く浮かんだ疑問だったのだろうけど。
 
その言葉はまるで暗示の様に、僕の中に眠っていた何かを強く揺り動かした。
制圧から解放たれた願望は、僕の身体を使い、その望み≠叶えようとしてい
るのだろうか。

 
ゆっくりと、腕を伸ばす。
いつまでも答えない弟子を不審に思ったのか、芭蕉さんは首を傾げている。
他人に対し身の危険を感じたことも無いであろうこの人を、きっと僕は壊してし
まうだろう。
 
首に手を掛ける。
いつもの戯れだと取ったのか芭蕉さんは、笑って僕の手を払おうとする。
  
細い首を絞める手に握力を加えていく。
ようやく僕の意図が掴めたのか、その表情に焦りが滲んできた。
 

僕の手で圧迫されている喉で、僕の名を必死に呼ぶ。 
 
 
(うっすらと皺の刻まれた顔を、純粋な少年のような瞳を、こんなにも愛おしく
思うのに。)
 
 
助けを呼ぶ訳でもなく、芭蕉さんは僕をただ見詰めて、苦しそうに顔を歪ませる


いつもしている様な行為なのに、手の中にある感触は妙にリアルで、そして夢の
様だった。
 
 
―…コロシタイトオモッタコトハアルカイ
 
 
その答えが、これなのだろうか。
 
段々に、呼吸が弱くなってきた師を見て、脳内に僕の中のもう一人からの警告が
響く。
 
殺してしまいたいと、思う。
この思いは紛れも無く僕の中に息衝いている。

 
愛されたいと、思う。
この思いの存在もまた、ずっと、加虐心に溢れたの心の裏で、在り続けていた。
 
 
(僕は、)
 
 
いつの間にか、僕の手からは力が抜け落ちていて、噎せ返る芭蕉さんの咳が鈍くなっ
ていた僕の聴覚を覚醒した。
 
苦しそうに咳き込み続ける芭蕉さんの肩を掴み、強く抱き寄せた。
その身体は痩せていて、力を加えれば本当に壊れて無くなってしまいそうだ。

 
(僕の行動に戸惑う貴方が愛おしいんです。)
 
(子供のように泣き喚く貴方が、可愛いんです。)
 
(痛みに苛まれながらも、僕の名を呼ぶ貴方が、殺してしまいたくなる位―…)
  
 
 

『もうー、なんだったのさぁ。いきなり師匠の首絞めるなんてっ』 
『すいません、少し絞めてみたくなったので』
『ええ!?そ、そんな理由って…』
 
すいません、ともう一度呟いた謝罪は酷く震えていて、僕はそれ以上言葉を続け
られなかった。 



end

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