日和

□その代わり、
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その代わり、
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『ねぇ、曽良くん、曽良くん』

芭蕉の心細げな声と共に、肩を揺すられる曽良。

『何です…』

寝付いてからまだ数刻も経たない内に無理矢理に起こされれば、気分だって最上
級に悪い。

『怖いんだよ…』
『…は…?』
『廊下真っ暗だしっ、厠(かわや)までどういったらいいか分かんないし…』
『……その歳で一人で用も足せないんですか』

呆れよりも、可愛いだなんて思ってしまった自分に対して曽良は溜め息をついて
しまう。

『違うやい!本当に真っ暗なんだって言ってるだろっ』
『…行ったら、何かしてくれるんですか?』

きょとん、としている芭蕉の顎を掬い妖しく曽良は笑った。

『何か、って…』
『貴方からキスとか、いいですね…あ、因みに前払いですよ』
『え゛っ…』

暗がりの部屋でも解る程芭蕉は顔を赤らめた。
手を離し、曽良は芭蕉の反応を伺うだけだ。

『どうします、芭蕉さん』
『……しなきゃ、駄目かい?』

曽良はじれったい気持ちは隠しつつ、困惑する芭蕉を眺める。

『まぁ一晩我慢出来るようならしなくても良いですけどね』
『………分かった、するよ、すればいいんだろっ』

腹を括ったように、横へ流していた視線を曽良へ向けた芭蕉。
だったのだが、

『……』
『…早くしてくださいよ、芭蕉さん』
『君…、目閉じてよ…』
『嫌です』
『で、弟子のくせに……』
『早く』

ぶつくさと文句を言う芭蕉に痺れを切らした曽良が顔を近付けて催促する。

『…っ』

ぎゅうっと目をつむり、芭蕉は自分の唇を曽良のそれへと押し当てた。
拙すぎる接吻、なのに愛おしさを感じるのは何故だろう。


『…あと九回です』
『ええ…っ!?』


そうして曽良の意地の悪い要求は、何度も繰り返されるのだった。



end
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