日和

□香りの詞
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香りの詞
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『芭蕉さん、何かつけてます?』
『え、何が?』

風呂に入り、ほてった身体を冷ますため窓辺に座る芭蕉に、曽良は問い掛けた。

『何か、香水のような物を』

開けた窓から入り込む風によって運ばれた、甘い香りがさっきから曽良の鼻腔を
擽るのだ。
その匂いは香水ほど濃いものではなく、ふんわりとした薄いもの。

『つっ、つけないよ、そんなの…あ、もしかしてシャンプーのせいかな?』

香水は女性がつける印象があるのか、芭蕉は焦ったように否定する。

『シャンプーなら僕も使いましたよ』
『あ、ここの宿のじゃなくて、前に俳句詠んだ御礼に…って貰ったやつだよ』

これだよ、と差し出されたのは可愛らしい瓶に詰められたシャンプーだった。
清らかな花の絵が丁寧に彫られていて、値段の高さが伺えるような物だ。

『女性向けのですね、これ』
『ええ!?そうなの?…使わない方がいいのかな』
『まぁ、男性が女性物を使うのも不思議な気もしますが−…』

つ、と曽良は顔を芭蕉に近付け、その首に鼻を寄せた。
曽良の急な接近に芭蕉が驚いたのが分かる。

『いい香りですよ』
『――…っ!』

ぼそり、と低く囁けば、芭蕉の身体は更に膠着した。

『何の花の匂いなんでしょうかね?』

離れていかない曽良に、芭蕉は落ち着かない様で。

『そ、曽良くん…っ』

緊張気味の芭蕉が面白がって、曽良は芭蕉の鎖骨を指をなぞってみた。

『ぁ、…っ、』

くす、と笑う曽良の声が耳に入り、芭蕉は顔を赤くさせる。
何とも言えない雰囲気に耐え兼ねて、曽良の胸辺りをぎゅうっと掴んだ。

『…っ曽良君も、使いたいなら使っていいから!』
『え?』

ようやく芭蕉から離れた曽良は、芭蕉の言葉にぽかん、としている。

『そ、そんなに使いたかったなら、言ってくれればいいのに…』
『…………』

何処か遠くを見詰めた目を以って、曽良は盛大に溜息をついた。

『え、曽良くん?どうしたの?』
『このボケ老人め…』
『え!?何それ!』
『ただの独り言です』


二人のやり取りを笑う様に、風は部屋に流れ込んで来る。
甘い香りに、からかわれているようだった。



end

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