日和

□腕の中の愛しい存在
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夏の暑い陽射しの下を、道行く二人の影がバラバラの速度で動いている。

『曽良くぅん、待ってよー。師匠を置いてかないでー』
『もたもたしないで下さい。終いには足をちょん切りますよ』
『え、やだよ、痛いよ!』

芭蕉が、酷い弟子だの何だの騒ぎ散らしたいる間、曽良は小路にじっと目を向けたまま、足を止めていた。
不思議に思った芭蕉は口を閉じ、曽良の目線の先の物を覗き込む。

『曽良君、何見てるの?』
『猫が、』
『わ、ほんとだ。…でも、何だか具合悪そうだよ?』

家と家の間の狭い隙間に、その細い体を横たえる猫は酷く息苦しそうな風だった。

『…此処のところ猛暑が続いてましたからね』
『あんなに窶れて…可哀相だね』

なーう、と見ている二人に助けを求めるかの様に小さく猫は鳴いた。

『…助けて、あげられないかな?』
『無理でしょう。私たちは旅をする身です。動物なんて…』

芭蕉の想像通りの返事が返ってくる。
しかし、その声に曽良が揺らいでいるのを感じた。

『だ、だって、曽良君もほっとけないって思ったから見てたんでしょ?』
『…』

黙り込む曽良に、もう一度猫は鳴いた。
曽良は眉間に皺を寄せ、大きく溜息を漏らした。

『…仕方ないですね。猫の調子が戻るまでですよ』
『わーい!有難う、曽良君!』

ぱっと、曇りが晴れた様な笑みで、何度も曽良に礼を言った。
しゃがみ込み、猫に向かって手を伸ばす芭蕉の背中を見ながら、曽良は己の甘さに自嘲の笑みを浮かべていた。


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