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□日常の裏表
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メーデンは広い変身術の教室で一人居残りをしていた。
マッチ箱を緑亀に変えるという、非常に難易度の低い術もまともにできないからである。
教師のモーフィー・ルーンはすでに諦め気味であったが、やはり生徒である以上見捨てるわけにもいかず。
偶に時間が取れるときはメーデンとのマンツーマン授業を行っているのである。
メーデンが呪文を唱えて杖を振ると、マッチ箱はふにゃりと形を崩して――――潰れたマッチ箱に。
「・・・・・リドル」
「・・・はい、ルーン先生」
「・・・・・やる気はあるのか?」
「・・・もちろんです、ルーン先生」
ルーンは微妙な表情をした後、一息置いてから提案した。
「休憩にするか」
「それは名案です、先生」
まだ居残りを始めて10分しか経っていないけれど、いつもルーンの居残りはこんな感じだった。
ただし、ルーンは魔術研究会の会長職も兼任しており、ホグワーツと外の出入りが激しく忙しいためなかなか居残りをする機会は少ない。
エリート人生を送って来た彼にはメーデンのような落ちこぼれをどう扱ってよいか分からず、彼の教訓は“とりあえずやれるところまでやれ”、のような感じであった。
簡単に言ってしまえば、放任主義なのである。
ルーンは湯気の立つカップをメーデンの前に置く。
「ありがとうございます。
ルーン先生の淹れる紅茶楽しみなんですよ」
「そうか」
そう言ってほほ笑む姿は実年齢よりもずっと若々しい。
グリフィンドールの寮監であるが贔屓はしないし、冗談で笑うようなタイプではないが、生徒たちの話題についていこうとする不器用な態度がとても好評だ。
「そういえば先生はホグワーツ出身じゃないんですか?」
「ああ、私はダームストラングだ」
へぇ、とメーデンは目を丸くする。
「じゃあ対抗試合、ホグワーツとどちらを応援するか迷いますね」
「いや、まさか。
無論ホグワーツを応援するつもりだよ」
教師なのだから、とルーンは若干照れくさそうに言う。
「でもそもそもなんで今の時期に行うんでしょうね」
「さあな。
マクゴナガル校長も7月くらいに聞かされてバタバタしてたからな。魔法省主導だろう。
最近の魔法省は何を考えているのかよくわからない」
そうですね、と相槌を打ちながらメーデンはカップを傾けた。
第一の課題まで後2週間。
ダームストラングの生徒から逃れるためにアダムの研究室で籠っているメーデンは、これまたボーバトンの生徒から逃れるために研究室に籠っているアダムと共同開発を行っていた。
今作っているものは非常に繊細かつ危険なもので、2人は神経を削りながら並々ならぬ集中力を要している。
「神経をこちら側にも通してくれ」
「ちょっとここ押さえててくれない?」
「レンズはもう少し切り取ろうか」
「なんだか色味がおかしいわ。他の色ないの?」
今作っているもの、それは――――目玉。
医学的技術と特殊な魔力が必要で、アダムとメーデンはいつになく慎重になっている。
もちろんただの目玉ではない。
俗に言う“千里眼”である。
「もう少し強度が欲しいな」
「でも目玉に強度って必要かしら。ドラゴンだって目が弱点なのに」
「いざという時のためだ」
そう言ってごそごそと膜を剥がして、新しいユニコーンの網膜と取り換える。
そして3時間後に完成した千里眼。
メーデンは緊張が途切れ、その場に座り込んだ。
「あーもう、こんなに時間がかかるなんて思ってなかったわ」
「一ヶ月でできたなら十分だろう?」
「でもこんな何に使うかわからないもののために・・・」
「何に使うって、もちろん目に入れるためだ」
さらりと言われたことに、「えっ!?」とメーデンは驚きの声を上げる。
「誰の!?」
「俺のだ」
「嘘でしょ!?どうやって!?」
メーデンはアダムに支えられて立ち上がると、メスを持たされてパニックになりながらアダムの目を取り換えた。
「信じられない信じられない」とぶつぶつ呟きながら。
全て終えたのはもう外は真っ暗な時刻で。
メーデンはどうだ、とでも言いた気に鏡をアダムの前に持ってきた。
「見えるでしょ?違和感無い?」
「ああ問題ない」
「で、肝心の千里眼の具合はどう?」
アダムは入れ替えた右目を開いたり閉じたりしながら壁を見つめた。
メーデンは難しい表情でアダムの返事を待つ。
「・・・・大丈夫そうだ」
「壁の向こうまで見える?」
「ああ。6枚先までが限界だがなんとか」
それだけ使えれば大丈夫だろうとメーデンは安堵のため息を吐いた。