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□誕生日にはケーキ
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 ぼんやり眼を開けると、知らない部屋だった。ホテルには見えない。まぁ、たまにあることなので、慌てることはない。ゆっくり身体を起こす。と、鈍い痛みが走った。
 そうか、と思い出した。ここはあのコックの部屋だ。
 ベッドにはゾロだけ。身体中に残る赤っぽい痣。ちくしょう、好き勝手やりやがって、と小さく呟く。起きようかどうしようかと迷う。身体はだるく、もっと寝ていたいと訴える。ふうとため息をついて、もう一度毛布に潜り込んだ。こんなにしやがって…。呟きは音になる前に寝息に変わった。

 次に目を開けた時。隣にはコックがいてじっとこっちを見降ろしていた。青い瞳を見ながら、綺麗な色だなと思う。
「てめー、いいかげんに起きろ。何時だと思ってやがる。」
 言葉の割には優しい声でコックが言った。何時だよ?と聞き返す。
「ったく、この怠けまりもめ。もう夕方だ。さっさと起きて飯を食え。」
 大きな手でわしわしと頭を触られた。仕方なく起き上がる。ゾロはいつの間にかゆったりしたシャツのようなものを着ている。ん?とコックを見上げると。
「着せるのに苦労したぜ。でけー図体しやがって。ほれ、さっさと下に行け。」
 もう一度ぐしゃっと髪を撫でられた。のそのそといった感じで階段を下りる。その途中からいい香りがして、ぐうっと腹が鳴った。
 カウンター席に座る。どんっと目の前に皿が置かれた。ほっこり湯気の立つシチューだった。優しいミルクの色だ。
 いただきますと手を合わせ、スプーンで掬って口へ。柔らかくとろける様な鶏肉とじゃがいもが口の中で混ざって、何とも言えない味になる。うまいな、と思わず呟いた。コックは何か忙しなさそうに手を動かしながらこっちを見た。
「ふん。残さず食えよ。…おかわりもあるぞ。」
 むしゃむしゃと夢中で一皿食べてしまった。遠慮なく皿を突き出し、おかわり!と要求する。コックはにやっとして皿を受け取り、またシチューをよそってくれた。
「わりいな。」
 それだけ言って皿を受け取り、また食べる。シチューの温かさと何かもっとふんわり柔らかなものに包まれているような暖かさが体に沁み込む。
「ごちそうさま。」子供の時のように自然に言葉が出た。コックが少し驚いたような顔で見る。なんだよ?と言うと、いや、別に。と言葉を濁した。

「なぁ、俺の服は?」
 このかっこのままじゃここを出ていけないなと思って聞いてみた。コックは仕込中なのか、大きな鍋をかき回している。ゾロに背を向けたまま。返事が無いので、もう一度聞くと。
「まだ、眠かったら、上で寝てていいぞ。」そんな返事が返ってきた。
 お、いいのか。わりぃな。素直に答えて、ゾロはまた2階へ上がってベッドに潜り込んだのだった。
 それから一カ月。まだゾロはこの店にいる。

「ほら、これ、もってけ。3番のテーブルだ。」
「おう。」
 この店にいついたゾロは、ぼつぼつ店の仕事を手伝うようになった。器用な性質ではないので、掃除とか料理を運ぶことぐらいしかできないが。

 今日も、最後の客がごちそうさま、おいしかったよ。と言って出ていくのを見送った後、店の掃除をしている。
「おう、そろそろいいぞ。終わりにしようぜ。」
 サンジ、コックはそういう名前だった、が厨房から出てきて、カウンターの席に腰を下ろす。おう、と答えて、ゾロもその隣に座った。
「ほれ、酒。」どんっとボトルをゾロの前に置く。
「お、やったー。瓶ごと飲んでいいのか?」
「今日は忙しかったし、…明日は休みだからな。」
 ゾロは酒の瓶に口をつけながら、横目でサンジを見た。サンジは胸ポケットから煙草を出して火をつけた。
 最初の晩に気を失うほど激しく抱いたのに、その後、サンジはじれったいくらい優しくゾロを扱った。なんでだろう、とは思う。でもそれを口に出してはいけないような気がしていた。
「そーいえば、この店って定休日ないのか?」
 まるで違うことをゾロは聞いた。サンジはゆっくり煙草の煙を吐き出しながら。
「ああ、特にない。気が向いたときに休むくらいだ。」
 ふうん。とゾロは何気に壁のカレンダーを見た。明日は11月の11日。1が4つ並ぶ日だ。その日は。
「明日、俺、歳をとる日だ。」すっかり忘れていた自分の誕生日。思わず呟いた。
「んだと?!」
 サンジがいきなり反応した。
「明日、てめーの誕生日か?」
 ああ、そうだ。と頷く。サンジはちっと舌打ちしてムッとした表情になる。
「そーゆーことは早く言えよ、まりもヘッド。」
「んだとぉ。なんでてめーに誕生日を教えなくちゃいけねーんだよ。ふん。プレゼントでもくれるって言うのか?」
 つられてゾロもムッとした声で言い返す。
「ああ、そーだよ! おめーの誕生日なら祝ってやりてーよ。ったく、今からじゃケーキの材料もねーし。明日朝一で買い物に行かなきゃなんねーじゃねーかよ。」
 サンジがそう怒鳴り返してきて、ゾロは心底驚いた。それが表情に出たらしい。今度は拗ねたように言葉を続けた。
「わりぃかよ。…てめーの誕生日にケーキ作っちゃ。」
 ゾロはゆっくり首を横に振る。と、サンジはほっとした表情になる。
「ふん。どーせ、てめーなんざ、ケーキの味もわかんねーだろうけど。せいぜいうまいやつ作ってやるから、期待してろよ。」
 にやっといつもの顔で笑った。
 どきん。今度はゾロの心臓が跳ねた。一番初めにサンジの瞳を見た時のような感じだ。ここにいるようになってから、あんな風にどきりとすることはなかったのに。何だろうこの感じ。なんだか、落ち着かない。すごく、落ち着かない。
「でも、どうして、…俺のために?」
 ポロリと言葉が出た。落ち着かない気持ちのせいで、今まで聞けなかったことがつい、こぼれ落ちてしまった。サンジが身動ぎした気配がする。
 自分が聞いたくせに、サンジの答えを聞くのが怖い。顔を上げられない。
 ふうっと煙の臭い。
「わかんねーか? なんでお前のためにケーキを作りたいか。」
 意外なほど近くで、そうすぐ耳元で、サンジの声。
「ほんとは、わかってんだろ、おめー。…なぁ、こっち、向けよ。」
 顎に指がかかる。そっと、壊れものを掴む感触で顎を持ち上げられる。否応なしにゾロの視線が上がって、サンジのそれと絡む。
 サンジの瞳はすぐ間近にあった。あの青い瞳。冷たいような柔らかいような不思議な青い色。ゾロのドキドキはさらに激しくなる。
「お前の喜ぶ顔が見たいからさ。お前が笑ってくれるなら、なんでもしてやるよ。…ゾロ、お前が、好きだ。」
 真っ直ぐ見つめながら、サンジが言った。
 青い瞳は澄んだ空と海の色だ。その青が優しくゾロを包む。俺はこれが欲しかったんだ。ゾロはそう気が付いた。その青に吸い込まれる様に、ゾロはサンジに顔を近付けそっと唇を重ねた。

 翌朝。
「てっめー! いつまで寝てんだよ! 寝腐れまりも! さっさと起きろ!」
 ゾロの耳元でサンジが怒鳴る。ごろんと寝がえりを打って、ゾロはまた毛布に潜り込もうとする。
「こっのぉ! せっかく腕によりをかけて作った料理が冷めるだろーが!」
 サンジはさらに怒鳴る。ゾロが面倒臭そうに毛布から顔をのぞかせる。にゅっと腕を伸ばしてサンジの首元を掴み引き寄せる。わっと慌てて、サンジはベッドに倒れ込んだ。
「俺の好きさせてくれるんだろ? 俺の誕生日なんだから。」
 サンジの耳元にそう囁く。思いっきり甘えた声で。ちっとサンジが舌打ちする。
「わーったよっ、このクソガキめ。…」
 そう言いながらも、ごそごそとゾロの隣に潜り込む。ゾロは幸せな気持ちでぎゅっとサンジにしがみつきながらもう一度目を閉じた。
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