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□誕生日にはケーキ
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 その夜。秋の初めなのにうすら寒い風が吹いていた。ゾロは腹をすかせて寝床を探していた。いつものように街角に立っていたら、声を掛けてきた男と条件が合った。ホテルに行く前に、そいつに連れられてその店に入った。
 いかがわしい繁華街のはずれにある小さい店だった。ドアのベルが、からんと音を立てる。いらっしゃい、と銜え煙草の男が奥から出てきた。店の中はカウンターにテーブルがいくつか。狭いけれど落ち着いて温かみのある内装だ。居心地がよさそうだなとゾロは思った。夜も遅いせいか客はゾロと連れの男だけだったが。
 好きな所にどうぞ、と銜え煙草の男が言う。連れの男は、奥まったテーブルを選んだ。ゾロは男と向かい合って席に着いた。銜え煙草の男が水の入ったグラスとメニューを持ってきた。そこで初めて、ゾロはこの男がここのコックらしいと気がついた。白いコートのようなものを着ている。金髪にすらりとした身体つき。自分よりも結構年上だろう。落ち着いたそれでいて若々しい風貌。いかにも女にもてそうな甘い顔立ちなのに弱さは微塵も感じない。
連れの男が、お薦めは何?と聞いた。コックと思しき男は、何でもお薦めです。味には自信がありますからね、と口の端をあげた。その表情がふてぶてしくて、ゾロはちょっといいな、と思った。強い男は好きだし。その視線に気がついたのか、コックは真っ直ぐゾロに向き合った。正面から二つの視線が交わる。
 青い瞳だった。
 どきんと自分の心臓の鼓動が聞こえた。
「じゃあ、このビーフストロガノフを。」連れの男がそう言うのがぼんやり聞こえた。
「君は何にする? 好きなものを選んで、たくさん食べてくれよ。あとでいっぱい運動してもらわなくちゃいけないからね。」
 ゾロは青い瞳から目がそらせなかった。海を思い出させるその色。遠い故郷の海のような…。
「ねぇ、君…。」
 連れの男が返事のないゾロに焦れたのか、ぎゅっとゾロの手を握った。はっと我に返ったゾロは、視線をメニューに落した。一瞥して、これ、と指差したのは。ステーキだった。
焼き加減は?とコックが聞く。レアで。そう答えて、ゾロは無意識に唇を舐めた。連れの男はまだ手を握ったままだったが、その指に力が入ったのがわかった。
 コックが、少々お待ち下さい、と奥に下がってからも。男はゾロの手を離さなかった。
「君って、すごく…。待ちきれないな…。」
 そんなことを言いながら、熱っぽい目つきでゾロを見る。その男を見返しながら、さっきの感じはなんなのだろうとゾロは不思議に思っていた。初めて見た男の眼の色にどきりとするなんて。
 向かい側の男はずっとゾロの手を握ったまま、何やら話しかけてくる。適当に相槌を返す。この男がなぜそんなに自分を見つめるのか、なぜそんなに夢中になっているのか、ゾロにはよくわからない。変な色の髪とかなり悪役っぽい目つきの自分なのに。どこかうっとりした表情で男はゾロを見つめている。手を握られているのにもいい加減飽きたなと思い、引っ込めようとした時。いいタイミングで料理が運ばれてきた。
「お待たせしました。」と、コックが銀の皿をテーブルに並べる。暖かい湯気の、いい匂いのする料理。
「お、これはおいしそうだねぇ〜。」
 男が嬉しそうな声を上げる。ゾロもそう思う。口の中に唾があふれてくる。
「いただきます。」
 無意識にそう言ってから、ナイフとフォークを手に取る。厚みのある肉。すっとナイフが入る。切り口からは肉汁がしみ出る。一口でぱくっと。噛むごとに旨みが口の中に広がる。
うまい、と呟いていた。まだそばに立っていたコックが。
「味に自信があるって言っただろう。」低く甘い声で言う。
 ふっと見上げるとコックと目が合った。あの青い瞳だ。うまい、ともう一度言う。今度はもっとはっきり。コックはドヤ顔で頷いた。
「お前、いくらだ?」
 唐突にコックが聞いてきた。俺の値段?と聞き返す。向かい側の男が料理から顔を上げて、ゾロとコックを交互に見る。
「あんた、まだ金払ってないんだろう?」と男に顔を向け。
「なら、俺でどうだ?お前。俺だったらそれに酒も付けるぜ?」とゾロに聞く。
 酒?と、ゾロはにやりと笑い返す。
「そりゃ、いいな。」
「よし。じゃあ、決まりな。あんた、わりぃけど、それ食ったら帰んな。あ、お代はいらねぇ。キャンセル料ってことで。でも、残さず食えよ。」
 コックが早口で言う。案外凄みのある目付きで。男は目を見張り何か言おうと口を開いた。が、じろりと睨むコックに恐れをなしたのか、何も言い返さなかった。言われた通り黙々と料理を食べ、料理は美味かったので残さなかったらしい、すごすごと出ていった。最後にドアの所で一度ゾロを振り返ったが、コックが追い払うように手を振ると、ため息一つついて背を向けたのだった。


「へぇ〜、あんた、なかなか強そうじゃねぇか。」
 腹いっぱい食べて満足なゾロは、そうコックに話し掛けた。コックはカウンターの椅子を引き寄せ、ゾロの前に腰を下ろした。改めてゾロを上から下まで無遠慮に眺める。
「お前も、腕に覚えがあるんだろ?」
 胸ポケットから煙草を出して銜えると、コックが聞き返した。まぁな、と答えると、ふっと小さく笑った。
「さっきの男、命拾いしたって気がつかねーだろーな。…おめぇ、売りじゃなくて強盗だろ。」
 ゆっくり煙を吐き出しながら、横目でゾロを見る。ゾロも思わせぶりにじっとコックを見返す。
「ふん。ちゃんとやることはやるぜ。ただ気に入らねー奴からは、ちょっと別料金を貰うだけだ。」
「そうか。気に入らねー奴からだけ、か。」
 そう言って何がおかしいのかもう一度ふっと笑った。
「じゃあ、俺は気に入らねーかどうか、試してもらおうか。」
 まだ長い煙草を灰皿に押し付ける。椅子から立ち上がり、覆い被さるように上からゾロを見降ろした。ゆっくり近付いてくる青い目を見つめながら、酒は?とゾロが聞く。
「終わったあとで。」息だけでコックは答えた。

 煙草臭いキスは意外に優しく執拗だった。二人とも立ったまま角度を変えて何度も何度も唇を重ね、舌を絡める。気が付くと少しざらつく指先がTシャツを捲りあげ、乳首を摘んでいた。片手は背中から腰を何度も撫で、するりとボトムの中に入る。尾てい骨のあたりを指先が掠め、思わず腰が揺れた。
 しつこいほど優しく身体中を愛撫された。節が目立つ男の指は、何度も何度も確かめるように色々な所を撫でてゆく。
 いつの間にか息の上がったゾロは、目の前にある男の耳に吐息交じりに囁いた。
「ここで、する、のかよ?」
 男はにやりと笑って答えた。「お前がそうしたいなら」
 なけなしの理性をかき集めて、ここじゃ嫌だと囁く。もう一度にやりとして、男はゾロを抱き上げるとキスしながら呟いた。
「ほんとはここで見せつけながら、ヤリてぇくらいだぜ。」
 細身なのに軽々とゾロを抱き上げて、男は厨房の奥の階段を上がる。足でドアを蹴り開け、奥のベッドへどさりと下ろした。
 ゾロが下から男を見上げる。金髪なのに顎髭は暗い色だ。手を伸ばして触る。ざらりとした感触。
「お前、誘うのうまいね。」
 覆い被さりながら男が言った。
「そんなこと、初めて言われた。」
 思ったままを口にすると、男は首筋に噛みつくようなキスをしながら、そういう所がよけい、と囁いた。
 その後は、激しいキスと愛撫と。いつ意識を飛ばしたのかすら、ゾロは覚えていなかった。


→→→続く
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