Long story

□空騒ぎ・第一章・
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音楽室の一件以来,エルザとみちるは行動を共にする事が増えていった。
みちるにとって,初めて心許せる友人だった。
はるかとはまた違った意味で大切な人・・・。
海王家の人間であり続ける限り,自分には本当の友人など出来ないと思っていた。           損得感情だけで渦巻く人間模様を,みちるは幼い時からずっと見てきた。   父や母の子に産まれた事をマイナスに感じた事はないが,時に海王という名が重くのし掛かる事はある。
自分の立場を受け入れた時に諦めた事が,今,容易く手に入れる事が出来てしまい,素直に信じて喜んでも良いのか戸惑った。
だがエルザはいつも,澄んだ瞳で笑い掛けてくれる。信じて良いのだと思わせてくれる。
意志の強そうな眼差しが,誰かに似ている・・・と,感じたが,誰だか思い出せなかった。

エルザは,クラスが違うのにも関わらず,時間の許す限りみちるの側にいた。
初めは嬉しさで気が付かなかったが,ある日,いつもの強い眼差しに翳りを感じた。
気のせいかとみちるは思ったが,一度生まれた違和感は拭いきれず,エルザに何かあったのかと問いただした。          みちるにはエルザが何か悩みを抱えているような気がしたのだ。       だが,当のエルザはいつもと変わらない笑顔で明るく微笑んだ。
そんなエルザにみちるは,それ以上は何も聞けなかった。          エルザに対してスッキリしない状態が続いたまま,数日が経った。

いつもはエルザに見送られて車で下校するのだが,彼女の所属する陸上部を覗いてみたいと思い立ち,内緒で見に行く事にした。

設備が充実している事と優秀な監督を雇っている事で将来有望な選手達が育っていく。
ここで育った選手達がそれぞれスポーツの名門高校に編入し,大会で実績を積む。それがこの学校の知名度を挙げてくれるのだ。
以前エルザも陸上を極めたいと,高校は別へ移る気だと話していた。彼女は特に有望視されている選手だそうだが,本人が言うには,どうしても勝ちたい人間に出会ったらしい。自分の力を最大限に伸ばして発揮できるようになりたいと話すエルザに,みちるは強い共感を得た。
別々の高校に通う事になるのは寂しいと思ったが,みちるも同じように夢をもっている。
進む先は違えど,彼女に負けないように自分も頑張ろうと思った。


グラウンドに出ると,陸上部の他にも色々な部が,それぞれ部活動に励んでいた。
みちるは,エルザの姿を探した。
だが,いくら探しても見当たらない。
エルザの外見は印象的で,見落とす事は考えにくい。 みちるは思いきって部員の一人に声を掛けてみる事にした。

「あの・・・,練習中にすいません。」

「はい。
きゃ!海王さん!」

声をかけた少女の事はみちるは知らなかったが,どうやら自分の事を知っているらしい。
実はこの学校内にみちるの事を知らない人間等いない。
その事を知らないのは本人だけだった。

「エルザを探しているのですが,練習に参加してます?」

「えぇ!
でもさっき,別の学生達がきて一緒にどこかへ行ってしまったんです。
もう30分くらいになるかしら。」

「そうですか・・・。
どうもお邪魔致しました。」

行儀良く一礼すると,みちるは残念そうに校舎へと足を向けた。

去っていくみちるの背中の向こうで,先程の部員が,他の部員に海王みちると話をしたと自慢気に話していた。



校舎に向かうみちるは残念そうに溜め息を一つこぼした。
「エルザったら,どこへ行ってしまったのかしら・・・。」

しばらく歩いていると,誰かの罵るような声が聞こえてきた。
何事かと思い,みちるはそっと見つからないように様子を伺ってみた。

そこにはユニフォームを着たエルザと,どこかで見かけた事のある少女達がいた。

やっと見つけたとみちるは思ったが,様子がおかしい事に気が付いた。
どちらも険しい表情のまま睨み合っているように見える。
みちるは不穏な空気を絶ちきろうと,思いきって声をかけようとしたが,その途端エルザの厳しい口調がその場に響いた。

「あんたたち,いい加減にみちるにちょっかい出すの止めな!」

みちるは思わず目を見張った。

(私・・・?)

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