破壊天使×天使長

□【happiness】
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彼の冷たく鋭利な視線が 好きだなぁ…と思った。














常々 うららかな快晴を纏う天界では時の流れなど無に等しい。
だけれど下界を知る私には なかなか酷く退屈であったりもする。
刺激が足りないのだ。
この穏やかで安泰する世界を“退屈”と称するなど恐れ多いと頭では理解しているのだけれども。
平和なことは この上無い喜びであり祝福すべきこと…しかし だ。


「昼寝しかすることないよ〜…」
花の香り立つフレーバーティの並べられたテーブルに突っ伏して グダグダとしている私を つい先程 任務から帰還したばかりのウリエルはチラリと視線で一瞥する。
汚れた鎧や衣服を お付きの天使達が素早く取り替えていくのを横目で眺めた。

「…そんなにお暇なら血のこびりついた私の剣を手入れしてください」
「やだよ。なんでティタイムにそんな血生臭いことしなきゃなんないの」
「では組手でも」
「…君と?なんで」

「最近 貴方が討伐に参加なさる程の事態がありませんので勘が鈍るかと」
「君 言うねぇ!いいよ どうせなら何か賭けようか?」
その言葉を言い終えるか終えないかのうちに 鞘に収まったままの剣を 彼が私に向かって叩き下ろす。それを空中へ身を翻し難なくかわした。
落下途中 巻き込まれたテーブルが崩れて陶器のカップが かち割れるのを確認するのも束の間。空を凪いだ二撃目の突き。咄嗟に掌で力のベクトルの方向を変えて凌ぐ。
漸く私の足が地に(正確には雲上に)着くと 一足遅れて裾の長い礼服の端が ふわり…と降りる。
装飾品の貴金属は身動きする度にシャランと微かに音を立てて鬱陶しい。布地が多く豪勢で重い礼服は身体にまとわりついて身動きが取りづらい。
息つく間も無く間合いを詰められての連撃。気が付いたら周囲でオロオロしていた天使達は皆 何処かへ逃げ去っていた。

「猛々しいねぇ だけれど力任せじゃ無理無理。『柔よく剛を制す』ってね おわかり?」
「抜き身の剣でしたら先程の二撃目で貴方の手を切り落としていました」
「言い訳は良くないぞ〜?真剣勝負だったら私だって剣で凌いでたし」
「そうですか…ところで その礼服を脱がれては如何でしょうか?」
「やだなぁ ハンデだよ」

「………」

その言葉にウリエルが僅かに殺気立つ。彼の纏う風がピンと張り詰めて私の神経がチリリと痛んだので よく解る。
お互いに短く言葉を交わしつつも攻防は絶え間無く 速さと鋭さを増した彼の鞘先は私の鼻先を掠めて髪飾りを空中へ跳ね上げた。
華奢な髪飾りは衝撃に耐えられず細やかな煌めきになって離れた所に落ちてった。
「ちょ…わ わ…っ!」
流れるような動きで上・中段に対する切り返しに胸元を彩っていた首飾りやガードしていた腕に嵌め込まれていた腕輪なんかの装飾品が ことごとく弾かれていく。
『ワザと狙ったなコイツ…』と私は眉を顰めた。
仮にも上司である私に容赦なく仕掛ける彼に少しばかりゾっとするけれども 戦士の性とも言うべきか昂揚する自分も確かに存在するのだ。
私の挑発にウリエルは本気になったのか どうかは定かではないが明らかに彼の繰り出す攻撃が捌き辛くなってきているのは確か。
「お見事!本気出さなきゃ敗けちゃいそう」
風圧で切り裂かれた衣服の裾を摘み上げて軽く肩を竦めて『セラフィム様に拝謁する時の礼服なのになぁ…』と心中で溜息をついた。
「貴方が本気を出されても そのお姿では私が勝ちます」
「うっわ 君…カチンとくるね?」
「事実です」
さも当たり前のようなニュアンスで紡がれる言葉に私は呆れを通り越して感動すら覚えた。
「いいよ。そこまで言うんなら さっきの賭けの話。私が君に勝ったら向こう2週間のティタイムのおやつ貰う から…っ!」
言いざまに私は素早く剣の柄を蹴り上げる。衝撃を受けて跳ね飛ばされた剣はクルクルと回転しながら弧を描いて私の背後遠くへ落下した。
足刀蹴りの体勢のまま ウリエルの頚部から後頭部にかけてを狙って足背を撃ち込もうとした その瞬間。


「それでは私が勝ったならば今夜一晩 貴方を」
「…え…?」


相手の口から出た思い掛けない一言に思考回路が停止すると同時に もう僅かでクリティカルヒットをしていたであろう私の脚は彼に届かないまま 呆気なく捕らえられる。
そのまま引き寄せられて体勢を崩した私は彼の腕の中に抱き留められてしまった。
顔を上げると鋭い彼の視線が私と交差する。
熱の感じられない冷たく深い色彩の黒曜石の瞳。切れ長の目許は知的であり残忍でもある。
冷淡で無感情で無表情の彼は けれども瞳の奥に彼の名を示す炎を燈している。
私はそれが好きだと思った。
見詰められると身体の奥へ緩慢に熱が移されていくような錯覚。
(もう私は彼にならば灼熱で殺されてもいい)なんて頭の端っこで考えた。






「──…ズルいね 君って」




彼の掌によって閉ざされた視界 その直後に触れる唇への熱。
緩慢に停止する歯車のように鈍る思考回路は その行為に容易く堕ちる。














墜落していく理性。
私は彼の視線に絡めとられて耽溺していたいのだ。


















 


 

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