書庫〜一期〜

□だから1番好きなのは
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ただ眠るための部屋。しいて言えばロッカールームと更衣室。
その程度の役割しかなかった部屋。
特別安らぐことも、心浮き立つこともない、ただの箱、だった。
好きも嫌いもない、宛がわれたから、ここにいる。
それだけだった。

 ティエリアがいる―、ただそれだけで、刹那はこの場所が存在することにさえ感謝する。
刹那とティエリアを優しく覆い隠すベールになる天井と壁にさえ、ありがとうと言いたくなるほどに。

刹那はこの部屋が好きになった。

何をするともなくベッドに腰掛けたままのティエリアを見つめるだけで、刹那は、胸にこみあげる切なさをどうしていいか、わからなくなる。 

悲しいわけがない。
嬉しいだけでは足りない。
触れたくて仕方ない。

でも、迂濶に触れてはいけない気もして。

つい数時間前に大勢の人間を殺めてきた穢れなど微塵も感じさせないほどに清く、凛とした、花。

陳腐かもしれないが、刹那にとって美しいものといえば、花位しか思いつかなかった。戦場にひっそり咲く花。荒れ果てた戦場では雑草程度のものでさえ、刹那にとっては、美の代名詞だった。

ティエリアは、刹那にとって初めて知った、花よりキレイなものだった。

彼を初めて見たときの衝撃は、ガンダムを初めてみたあの時と同じくらいだったけれど、ティエリアは、ガンダムよりキレイだと思った。

自分を救ってくれたガンダム、自分が乗るガンダムエクシア、自分に冷たいティエリア。

なのに、なぜか、刹那はティエリアに心奪われた。

手折った花はしおれていくしかないと知っていて、手折らずにいられなかった。でも、ティエリアは違った。

荒々しく摘み取ってさえ、鮮やかに咲き誇った。
花より美しく、花より強い。

だから、今もやっぱり我慢できずに、刹那はティエリアに手を伸ばした。

ティエリアは、抱きついてきた刹那を抱き返すでもなく、さりとて、腕を払うわけでもない。硬質な瞳も、そのままだ。

「刹那…」
「なんだ?」
「早く、報告書…提出しないと…」
「まだいいだろう、後もう少し、休憩を許されている」

ティエリアは反論しなかった。だから、刹那は腕に力をこめ、ゆっくりと、服に手をかける。

このキレイなものが、もっとキレイになる。
それは、他の誰にも見せない。
この部屋の中でだけ、自分だけが愛でるもの。
自分だけがキレイにできるもの。

刹那の胸に芽生えた切なさが加速して、止める術も知らず、現れたティエリアの胸元に指を滑らす。俯いたティエリアが、小さく震える。

もっとキレイになって欲しい。
そして、それが見たい。
行為を進めるほどに艶やかになっていくティエリアを、刹那は見続けた。

ティエリアが、上がり始めた息の中で、訴える。
「灯り、消せって、いつも、言って…る、だ…ろ…」
「イヤだ。ティエリアが見えない」
「見なくていい…っ…」
 
ティエリアは、それを殊のほか嫌がるが、刹那は頑として受け入れない。

愛しい人の願いであれば何でも聞いてやろうと思う。
太陽を取って来いと言われたら、取ってきてやってもいい。
けれど、この訴えだけは受け入れるつもりはなかった。

快感に流す涙1つでさえ、見逃したくはない。
花びらに乗った朝露より、ずっとキレイだと思うから。

宇宙は刹那が思っていたより、キレイな場所ではなかった。
地上から眺める満天の星空は、宇宙に行ったらもっとキレイに違いないと想像をしていたというのに、そこはただの戦場だった。
刹那が生きてきた瓦礫と乾いた土と、流れた血しかない大地。
空気と重力がないこと以外、大差ない。

けれど、宇宙には、ティエリアがいる。
宇宙を好きなティエリアがいる。
だから、宇宙も好きになれそうだった。

ここで、戦っていけると思った。

ティエリアさえいるのなら。

                   <完>

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