期間限定同人誌再録

□リベンジ
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リベンジ

何も持ってはならない。
富や権力といったものにはハナから興味もないが、それらはもちろん、ヒトの幸せと定義づけられるものは何一つ。

それが、破壊者の定め。 

けれど、たった一つだけ許して欲しい。
もはや信じてはいないが、神でもいい。
憎悪しか持たれないことは知っているが、世界の人々でもいい。
誰にでもいい。
許されたい。

彼だけを。
彼と共に歩むことを。
自分にとって、特別に大事な存在と。

だが、他者にだってもちろんいるそんな存在を奪い続けながら、自分だけは手にしていていいのかと、悩んだことがないわけではない。

いつものように互いに熱を分け合った後もそんなことが浮かんできて、お約束になった柔らかい抱擁がためらわれた。
ティエリアが不思議そうに、そして少しだけ不安気に問いかける。
「僕がいてはイヤなのか?」
「そんなわけはない、ただ…」
それでも、手のひらに伝わるティエリアの温度は離し難く、刹那は、彼の肌には触れたまま、途切れ途切れに言葉を綴った。

ここに戻って以来、自分の気持ちに近い言葉を探し、口に出し、できる限り整理して伝えるようになった。
四年前とは、自分の立ち位置が違う。自分の言葉が組織を救いもするし、破滅に導くこともあるのだ。

だが、プライベートの時間、ティエリアに対してだけは、その努力をあまりしなかった。と、いうより、する必要がなかった。ティエリアは、言葉の狭間にある、刹那の本心を汲み取ってくれた。言葉の断片だけで、よくそこまでわかってくれるものだと驚くこともしばしばで、その度に彼がいてくれることを嬉しく思うのだ。
だからこそ。

「お前が隣にいることは…、俺には、過ぎた贅沢だと思う」
「僕をそんな持ち上げても何もでないぞ」
ティエリアは小さく笑った。
刹那もほんの少し、口の端だけを上げた。
だが、それをすぐ下げ、瞳を閉じながら、また言葉を探す。
「誰もが、こう、思うんだろう…」
ティエリアの髪をそっと梳きながら呟く。
「誰もが? こう?」
「ああ、例えば、ロックオンがアニューと、アレルヤがマリーと…一緒にいる時に」
ティエリアは微かに頷きながら、刹那の言葉を聞きつづけていた。
「腕の中の存在を、守りたいとか、癒されたいとか…、そう思える存在が大事で…」
刹那の言葉が止まり、ティエリアの髪を梳く手も止まった。
「だが、俺は、そんな存在を、奪い続ける…、今までも、そして、これからも」

「だから、俺には…、いてはいけない、と、思った」

いなくなって欲しいわけではない、そんなことは絶対嫌だった。だが、仲間以上の存在としての彼を求めることは、許されないとも思う。
正直、どうしていのかわからないのが本音だった。

刹那の独白と独白の間隔がずいぶん開き、ティエリアは、小さく溜息をついた。
さすがに、ティエリアも、今回ばかりはつかめないのだろうかと不安気になって、逸らしていた視線を彼に戻した。

ティエリアは、微笑んでいた。
『何もかもわかっている』といった然で。

「僕は、君がそのような悩みを持たなければいけないような存在ではない」
刹那は、少し驚いたようにティエリアを見詰め返す。

「僕は君に守られなくとも、自分の身は自分で守れる」
刹那は素直に「ああ」と答えた。
もしティエリアが敵だったら、簡単に勝てるとは思わない。自身の操縦技術が上がった今だからこそ、わかる。ティエリアの戦闘センスがどれだけ優れているかを。よほどのことがない限り、MS戦で彼を守る必要はないだろう。いや、むしろ守って貰う立場になることもおおいに有り得る。
ただ、ガンダムに乗っていない時、生身の自分に対してだけはあまり発揮してほしくはない才能だと思うが。

「君を労ったり癒すよりは、叱咤するほうが多いだろう」 
再び刹那は頷いた。
それに、今はまだしも、かつては…。
「昔はもっと頻繁に怒鳴りつけたものだったな、本気で殺そうと思ったこともあったが」
自分達の過去を笑いの対象にできるまで彼は成長したのだと感心しながら、そこは無言のまま曖昧に頷いておいた。
「そして…」
ティエリアは、一瞬だけ、長い睫毛を伏せた。パサっと音がしそうに長い睫毛の動きに刹那は、思わず見惚れる。

ブランクがあるとはいえ、長い付き合いだ。
それに。
彼のカラダの表面で、厳密には表面とはいえない箇所もあるが、見ていない場所も、指や唇が触れていない場所もないだろう。
なのに、いまだに、彼のパーツの一つにすら魅力されてしまう。
やはり、特別なのだ、ティエリアは。

当のティエリアは、伏せた睫毛を起き上がらせ、今度は、さっきより笑みを深くした。
「僕もまた、多くの者達の大事な存在を奪い続けている」
そんな華やかな笑顔からこぼれる言葉ではないように思った。
覚悟はできていても、決して楽しいことではないだ。なのに、ティエリアはまるで、誇らしくさえあるかのような口ぶりで断言した、

「刹那」
ティエリアは自分の肌に置かれていた刹那の手を取り、軽く握り締めた。
「以前は違う意味で言ったのだが…、今回こそは、文字通りの意味で使おう。僕達は、恋人でも夫婦でもない。共犯者…、共に罪を犯すための繋がりだ」
ティエリアは、愛し気に刹那の指に自分の指を絡める、刹那もまた、彼の言葉に聞き入りながら、無意識に指を絡め返した。
「僕達の手は、物理的には離れても、ずっと繋がったままだ。そして…、共に、罪を重ねていく。君だけが、あるいは、僕だけが、どちらか片方だけがその運命から逃れることはできない」
刹那は、相槌を打った。
個々の機体は別であっても、ガンダムに乗っているのであれば、共に世界からは憎悪の同一視をされる。

ティエリアは、少し考えるように視線を惑わせた後、また、笑みを浮かべた。
「言うなれば…、一蓮托生、といったところか」
「イチレン…タク、ショウ? どういう意味だ?」
平坦な響きの多い万国共通語の中に織り交ぜられた不思議な響きの言葉は、刹那にはまったくわからないものだった。
「これは、東洋の宗教用語だ。語源から説明すると長くなるが…」
ティエリアは絡めていた指をほどき、刹那にその身ごとを寄せた。
「要は、最期の瞬間まで、どんなときもずっと離れられない、ということだ。友人や恋人や夫婦といった関係ならば、どちらかを助けたりかばったり、時には離れることで相手を守ることもできるだろう。だが、共犯者は、そうはいかない、なにしろ」
ティエリアはくすりと笑い声をたててから、寄せていた体を更に密着させた。
「離れようがないのだからな」

どれだけ近づいても、真の意味で溶け合うことなどない素肌と素肌が、まるでどちらのものも自分の体の一部のようになったように、刹那は感じた。
情事の時よりも確かに感じるように思えた。
だが、今のこの気持ちを、なんと言っていいのか、皆目見当がつかなかった。

嬉しい、のだろうか。
悲しい、のだろうか。
その両方だろうか。
もしかしたら、そのどちらでもないのだろうか。
例え永遠の愛を誓った仲でも、時によっては、別れることもあるし、別れる自由も持っている。
だが、ティエリアと自分はそうではないのだ。
ありえはしないが、彼への好意、むろんそれ以上の感情なのだが、それを失ってさえ、離れることはない、いや、できないということなのか。

「刹那、念を押しておくが」
「…、なんだ?」
「逃げられると思うな」
悪戯めいた笑いを浮かべるティエリアに、刹那は、心の中で両手を挙げた。
諦める、という言葉は持ち合わせていなかったはずだが、今だけは、むしろ積極的に使うべきだとさえ思った。
「逃げたりはしない、俺は、お前と共にい続ける、何があっても、逃げない」
ある意味、降参宣言だった、
満足げに頷くティエリアの勝利者然とした笑顔に、今度こそ曖昧ではない笑みを返した。

それでも、一矢程度は報いたくて、口付ける。
深く、激しく。
言葉ではティエリアには敵わないのなら、安直な手段ではあるが、せめて体でと。
柔らかく絡まっていたティエリアの体を、刹那はしっかりと抱きしめた。
腕の中で抱き返してくるティエリアのさほどでもない重みが、とてつもなく頑丈な枷のように思えた。
しかし、この重みのなんと心地いいことか。
ティエリアは、言葉などなくとも容易に自分を負かすのだと、刹那は、絶対的な敗北感を感じた。
だが、この敗北感もまた、枷と同様に心地いい。
いつかティエリアにもこの気持ちを味あわせてやろうと雪辱を誓いながら、口付けより先の快楽を求めていった、
【二○一○年三月十四日脱稿】

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