期間限定同人誌再録

□刻の狭間 
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 刹那は、空になったらしいボトルを固定させる場所へ持っていくこともせず、宙に浮かせた。
平素であれば、つい片付けにいってしまうところだが、ティエリアは、まだうっすらぼやけている瞳で、それを追っていた。


刹那は、上半身だけ裸のまま、ティエリアに背を向けたままでいた。
ティエリアは、ボトルから、その背中に視線を動かした。
もう、さきほどのような問いかけをしようとは思わなかったし、刹那が何かを言うなり、行動を起こすまで、何もすることはないと思っていた、

この場では、互いは、好きなように振舞っていいのだから。
何もしゃべりたくないのならしゃべらなくていいと、ティエリアは心の中で呟いた。その言葉が湧き上がってきてから、自分もこのセリフを――実際にはしていないが――、口にするようになったのだと改めて自分達が成長したのだと思い知らされると同時に、哀しみの混ざった懐かしさがこみあげた。

四年前なら、幼いがゆえに、誰からも許されていた行動。
瞳を閉じると、当時の刹那の様子が、ティエリアの脳内にありありと浮かぶ。
目は決して背けないくせに、絶対に口を開かない。それを見た大人たち全員がため息をこぼし、亡きロックオンが「まったく、お子様は仕方ないな。わかった、わかった、しゃべりたくないならしゃべらなくていいから」、と苦笑を浮かべていた様までも。
そして、ティエリアに対してもその態度は同じだったことも。
刹那と違い、言いたいことは我慢しなかったティエリアだったが、彼らにとってはどちらも、“子供のすることだ”という、一くくりだったのだろう。
「しゃべらなくていい」が、「言いたいだけ言え」と言葉を変えるだけのことで。

もう、あんな風に苦笑を浮かべて、幼さを許してくれる存在はいない。
存在していても、今はもう、許されるわけもないだろう。

けれど、大人にも、許される場は必要だから。

『僕の前だけでは、いいんだ』
ティエリアは、それだけは伝えたかった。
刹那が自分に言ってくれたものと、同じ言葉を。
言葉の代わりに、ティエリアは、ベッドに置かれた刹那の片手の掌に、そっと自分のそれを重ねた。

「…、なんだ?」
刹那はようやく口を開き、重なった手に視線を向けた。
「甘えていいんだろう、だから、そうさせて貰っている」
刹那は、視線をさらに動かし、ティエリアを見つめた。

他の誰にも見せない、ティエリアにだけ、今だけ、見せる、刹那の困惑したような表情。
ティエリアは、刹那のそんな表情に満足感を覚え、微笑んだ。

「こんなことでいいのか?」
ティエリアは頷く。
微笑んだままで。

「同じようなセリフを、僕も言ったことがあったな」
「……、ああ…」
「君も、同じように、それで充分だと言った。僕も、だ」
刹那の、唇の端が小さく上がった、数瞬遅れて、瞳がゆっくりと細められる。スローモーションのように、確かにそれは、笑みに変わった。
同時、乗せられていたティエリアの手は位置を入れ替えられ、刹那の手でしっかりと握られた。

互いの指と共に、二人の視線が柔らかく絡み合う。
「ティエリア」
「ん…?」
絡まりあった指を、刹那は自分の口元に持っていき、ティエリアの指に軽く口付ける。
「さっきは、すまなかった」
「構わない」
「次は、ゆっくり、する」
“次”は、もう、すでに始まっているらしく、その言葉の最中に、刹那は、ティエリアにおおい被さろうとしたが、ティエリアは、一瞬表情を消し、そして、笑い声を発した。
どうやら次の情事は、侘びのつもりでするらしいと思うと、おかしかったのだ。他にいくらでも誠意や謝意を見せる方法はあるだろうに、情事の償いは情事でするという、あまりにストレートなやり方が、刹那らしくて、微笑ましいという気持ちがティエリアの内に湧き出る。

「…なんだ?」
刹那はその笑いの意図を図りかね、口付けをしようとした動作を途中で止める。ティエリアは、微笑んだ表情はそのままで、体を起こした。
「すまない、次は…、もう少し、待って欲しい」
「さっきの…、辛かったか?それとも…、怒っているのか?」
刹那の顔に、確かに浮かんでいる不安。
四年前の幼い顔に乗っていた方が自然だったろうに、当時は絶対に見せなかった。
特別な関係になってからの、ティエリアにも。

今の自分にだから見せてくれるのだと思うと、ティエリアは、自分が選んできた道筋が正しかったのだとひどく安心し、そして、安心を与えてくれる刹那への愛しさが募った。
「どちらでもない」
ティエリアは、笑みを浮かべたまま頭を振ってから、刹那が途中で止めた行為を自ら続けた。
返した言葉が嘘ではないと伝えるように。
宥めるような、優しく静かな触れ方で。
口付けの続きのような柔らかい声音で、ティエリアは伝える。
「喉が、渇いたんだ。すまないが、紅茶を淹れてきて欲しい」
「わかった」
刹那は、ほっとしたような表情を浮かべ、自分からも軽く口付けると、そそくさとベッドを離れて制服を調え始めた。

ティエリアは、刹那から少し視線を逸らし、ベッド脇の時計を見た。
この部屋に入ってから約一時間が経っていた。ティータイムは、予定より一時間遅れたなと思い計画を組み直そうと、プランに入れる項目を考えてみてから、その行為のすべてが、あまりに無意味だと気がついた。
ティエリアは苦笑し、アラームをセットしてから、時刻の電光表示をオフにしたのだった。


                    【ニ○○九年三月十日脱稿】
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