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□君しか見えない
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部活帰り。桃先輩とファーストフード店に寄って夕飯前の間食をし、そのまま先輩と別れた帰路。
空がオレンジ色から薄紫へと変わりはじめ人通りも少なくなってきた。
橙と紫の境目をぼんやり眺めながら歩いていると、不意に後ろから呼び止められる。振り返って確認すると見覚えのない女がいた。

「あんた、誰?」
「……相馬沙耶だよ越前リョーマ。ちなみに私は年上だから敬語を使いなさい」

初対面相手に偉そうな態度の相馬と名乗った女は、身長も年齢も俺とさして変わらないように見えるのだが。

「嘘、どう頑張っても同い年にしか見えないんだけど」
「失礼な。これでも高校卒業してるんだぞ」
「え」

腕を腰に当て頬を膨らませながら憤りを表現する、小学校を上がったばかりの中学生にしか見えない女が、大学生ないし社会人、だと……?
思わず固まってしまったのは仕方のないことだと思う。


「相馬サンは、どうして俺の名前を知ってたんスか」

立ち話もなんだからと彼女に促され、移した場所はコーヒーのチェーン店。
見知らぬ年上の女(しかし見た目は中学生)に奢られた飲み物は、コーヒー屋にもかかわらず抹茶ラテだった。ついさっき間食を済ませたばかりで正直、甘い物を飲む気にはなれない。チラリと正面に座る彼女を見れば、俺のものより甘そうなチョコレートラテを飲んでいた。

「君の名前しか知らなかったんだよ」

先程の質問の答えだろうが、俺の求めていたような回答ではない。納得するどころかむしろ余計に疑問符が増えてしまった。
そんな俺のことなどお構いなしに相馬サンは自分のペースで話を続ける。

「生憎私は漫画もアニメも詳しくないから。主人公の名前しか、知らなかった」
「は?漫画とかアニメとか、あんたなんの話してんの?」
「遠い世界のお話をしてるんだよ。ファンタジーでノスタルジックな」

相馬サンは俺と目も合わせず右手で紙ナプキンを弄ぶ。
空いている左手はストローでチョコレートラテを掻き回している。コップに浮く氷がガラガラと音を立て耳障りだ。

「マジで何言ってるかわかんねーんスけど。頭大丈夫ッスか」

わざと相手を刺激するように問えば、ようやくこっちに顔を向けた。
純真無垢な子供のようにあどけない表情であったが、その目は確かに濁っていた。


「駄目かも」


その光のない瞳に、なんとも言えない感情が渦巻く。このまま見つめていると彼女に飲み込まれてしまいそうで、不自然にならないように意識して視線を逸らした。

彼女はいったい、何者なのだろう。

「ねえ越前リョーマ」
「……なんスか」
「私、君のこと好きになってもいい?」

意図することがわからず怪訝な顔を向ければ、彼女は自傷的に笑った。



君しか見えない



「いっそ盲目になれたら」

囁く彼女が見つめていたのは、どこか遠くの世界。
20130318


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