novel

□月と氷
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俺は秋彦のことが好きだった。…いや、今でも好きだ。
同性同士なんて俺にとっては問題ではなくて…性別なんてどうでもいい。俺は秋彦が好きなんだ。
ところがどうだろう、俺はあいつの親友として片思い話を聞かせる。しかもあいつの好きな奴も男ときた。

何故俺じゃない?
俺の方が秋彦を愛せる。
なのに、お前は俺を選んでくれない。

今日も呼び出されて秋彦のマンションに行った。内容は秋彦の想い人のこと。最近では常となってしまっていた。
しかし、どうも様子がおかしい。

「孝浩に彼女ができたんだ…意外とキツいもんだな…」

秋彦は失恋したのだ。今しかない、今ならこいつを振り向かせることができるかもしれない。

「俺を、タカヒロだと思って…」

我ながら自分勝手すぎる行動だと思う。でも、俺はもう耐えられない。
秋彦の悲しむ顔が、そして何よりも自分自身がずっと抱いていた爆発寸前な気持ちが…


「…ひろ…孝浩…」


悲しそうに呟く秋彦。その時俺は気付いた。

あぁ、こいつはまだタカヒロのことが…

好きなんだと…
同じ日に俺も失恋してしまった。
秋彦、キツいって言ったよな…俺も…同じなんだよ…
被害者になり、加害者になり、人間とは本当に勝手な生き物だ。


秋彦と同じ空間にいるのが辛かった。行為が終わって俺はマンションを飛び出した。
空は暗くなり、星が輝き、満月がぼんやりと空に浮かんでいる。

家に帰りたくなかった。
家に帰りたくない…家にはなんらかの形で秋彦との思い出がある。
優しい思い出のはずが、今は俺の心を傷つける凶器でしかない。

初恋は実らない、とよく聞く。俺もそうだったんだ、そう…思っていたい。

俺は行く宛もなくふらついていた。

* * *

「ねぇ、君今一人なの?」
ふいに後ろから声をかけられる。
反射的に振り向いてしまう。

「あれ、君男の子?うっかり…」

少し酔っているのか、声をかけてきたスーツ姿の男は残念そうに頭を抱えた。

「男じゃ…駄目なんですか…?」
俺は何を言っている…
男は女を好きにならないといけないのか?女を好きになれば俺も幸せになれるのか?

信じたくない。

そうだとしたら今までの俺が無意味になってしまう。
俺にとって今日までの日々は…無意味なんかじゃない…

「…君、綺麗な顔してるね。アッチの人、なの?」

顔をマジマジと見られながら聞かれる。
知るか、自分でもわからない。

「そうだとしたら、貴方はどう思います?」

もう会うことがない他人とわかっているから色々とぶつけてしまう。

「俺はなんとも。ま、俺は両刀遣いだしね。…君が寂しいなら今晩お付き合いするけど?」

俺は一体何がしたいんだ。
帰りたくない。
秋彦との仲が崩れるのが怖い。
明日からも今まで通り振る舞えるかわからない。
俺は…今…誰かの側にいたい…
駄目だ、俺は今おかしい。


俺は、男の手をとってしまった。

秋彦の手は冷たい。でも、どこか暖かい。
それはあいつがどんな人間かを知っているから。
あいつは優しい。

今俺を抱いているこの男の手も冷たい。
でも、秋彦とは違う。
この男には情欲しかない。
俺個人のことなんて、こいつにとってはどうでもいいことだろう。

例えるならば、秋彦の手は月だ。
月は冷ややかな顔で地上を見ているが、けっしてそらしたりしない。
たまに顔を隠してしまう時もあるが、いつか必ず俺を見てくれる。
暖かい存在なんだ。

そして、この男の手は氷だ。
どこまでも冷たい。痛いほど冷たい。
俺の体を、心を、凍らせてしまうような…
この氷が溶けてしまうことはない。いつまでも俺を傷つける。
でも、傷つけられるのを待っている俺がいる。

今の俺にとって、暖かさは辛いから…

* * *
「あれ?泣くほどヨかったの?」

隣で横になっていた男が後ろから抱き締めてくる。
俺は…泣いていた…

暖かい場所に帰りたくても帰れない俺は一つの場所を知ってしまった。
秋彦への気持ちの整理はついていない。
まだ気持ちが燻っている。
でも、俺はここにいれば暖かい場所を忘れられるかもしれない。

今…今だけ…




それは、俺が野分に出会う…少し前の話。

end

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