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□くじらべる、ららら
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「気持ちいい風ね、リュウ」


爽やかな風を受けて、くじらは海を進んでいく。





今日は10月9日。ニーナの誕生日だ。
みんなが真っ昼間から盛大に祝い、夕方にお開きになった。

窓から海を眺めるニーナにリュウが、ニーナに何を望むか訊いたら、ニーナは海に行きたいと言った。
二人で手をつないで、ゆっくり歩く。
大した会話はなくとも、苦ではなく、むしろそばに相手がいれば、会話など必要ない。
心の距離が近いから、会話より、二人でいる時間が大事で。
だから、無言で歩いていても心地良かった。


少し歩いた海辺。


夕陽に照らされながら、ニーナは、くじらベルを鳴らした。


「誕生日だし、少しの間だから貸し切らせてね」


ニーナは翼を広げ、リュウの手を取ると、ベルによって呼び出されたくじらの上に舞い降りた。

くじらは、二人が乗ったことを知ると動き出した。




「気持ちいい風ね、リュウ」


爽やかな風を受けて、くじらは進んでいく。


ニーナは、翼を広げて全身で風を感じていた。



元々飛翼族のニーナは、風を受ける事が好きだった。
しかし、誰もが黒い翼を忌み嫌うから。
不幸を呼ぶと言うから。

いつしか、翼を広げることを恐れるようになった。
極力、視界に入らないように翼を折り畳む日々が続いた。

目立たないようにと。

だが、どんなことをしても黒い翼は誰よりも存在感を表して。
いつしか、全てが怖くなってしまった。



でも、今は違う。

翼の色なんかにとらわれない、一人の『ニーナ』という人間として接してくれる人たちがいる。

そして、一人の『ニーナ』という人間として愛しいと思える人がいる。



また、大きな翼を広げられる。



チラリと隣を見つめる。
リュウが、微笑んでいた。
ニーナも、微笑んだ。



波の音と、壮大な夕日、清々しい風。
それらを大切な人と共有している。


「私、一生今日の出来事を忘れないわ」


ニーナはそう言った。




永遠のようで、一瞬のような。
長くて短い時間は、夕陽が落ちると同時に、幕を下ろす。


岸に戻ってきた時には、月が出ていた。


「今日は、有難う」

泳いでいくくじらの影。
水面が、かき分けられて月が揺らめく。




「……私達も、帰りましょう」

ニーナはリュウの手を取った。

ずっと、辛くて暗い日々だった。
生きていくのに、微かな光すら見えなかった。
誕生日を重ねる度に、重い気持ちは更に重くなっていった。


だから、今回は特別だった。


幸せな気持ちを胸に抱いたニーナに、リュウが言った。

「リュウ?」

今回だけじゃなくて、ずっと特別になるよ!してみせるよ!
…と。

ニーナは満面の笑顔で、リュウの手を握った。
リュウも握り返してきた。

ニーナとリュウは、手を取って歩き出す。
特別な日は、日常に還っていく。
過去になっていく。


でも、これからはその日々すらも愛おしくなりそうだった。
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