みたらし団子時限爆弾添え

□泣き兎と満月と
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満月がぽっかりと浮かんだ
綺麗な夜。

月では兎が餅をついてるって昔話を聞いた事があるけど、実際どうなんだかねィ。


それにしても夜の市中見回りと土方ほどかったりィものはねェ。
眠ぃ。

こういう事はとっとと終わらせちまうに限る。
俺は少し足を速めた。



「………………ひ…………っく」


公園に差し掛かった時僅かだが声がした。
なんだか聞き覚えのある澄んだ声。
今の……でも、まさか………

自分の耳を疑いながらも、身体は公園の中へ走り出す。



「…………………銀…ちゃ……




(……!!)



間違いねェ、アイツだ。
そう確信した。
園内を見回す俺は何故か焦ってて。
よく分からねェけど
アイツが泣いてるみたいだったから…。
一秒でも早く見つけだしたかった。

時々聞こえてくる押し殺すような泣き声をもう聞きたくなかった。

アイツは茂みの陰に座り込んでいて。
小さな嗚咽と震える肩。
その後ろ姿だけで痛々しかった。



「………バカ…」



夜に消えた呟き。



「…誰の事でさァ?」



「ひゃっ…」
びくん、と肩が跳ねた。

「………その声サド…アルな」
振り返りもせずに言う。
旦那の事は『銀ちゃん』って呼ぶのにえらい言われようだ。



「ガキが真夜中に出歩くたァ感心しませんねェ」

「うるさいネ!お前も十分ガキだろ放っとけヨ!!」



『ガキ』
その言葉に過敏に反応し、やっとこちらを向いた。
おそらく旦那にそうからかわれでもしたんだろう。
ようやく顔を見せたと思ったら
目は潤んで真っ赤に充血していて。
まるで兎みてェだ。

コイツを泣き兎にしたのはきっと旦那だ。
アイツの世界の中心は旦那。
…俺じゃねェ。

旦那にだって誰にだってコイツは譲れない。

悔しくてムカついて。
眉間に皺が寄っていくのが分かる。

俺も十分ガキでさァ…。



「拭きなせェ。チャイナらしくねェですぜ」



ぶっきらぼうに言い放つと、隊服のスカーフを解いて兎にふわりと投げかける。


「いらないネ。サドの世話にはならないアル」

「いらないなら捨ててもらって結構でさァ。とっとと帰りますぜ」

「え、ちょっ…!」

「ここにいても他の奴らに補導されるだけですぜィ」

「……………………。」


チャイナの手を引いて公園を出た。
どこからあんな怪力が生まれるのか不思議な位、白くか細い腕。
決して大柄ではない自分の手でもあっさり掴めてしまう。

(細ェ…)



未だにじわりと浮かぶ涙。
彼女は、掴まれていない方の腕で拭っていた。
涙が先程投げかけたスカーフに染みを作る。
瞼が少し腫れていた。

いつからあそこにいたんだか。
危なっかしいたらねェ。



見上げると相変わらず空には満月。
夜だというのに影が出来ている。

月から居なくなった兎を捜してるみたいに俺達を照らす。
コイツが帰る場所があるのは分かってる。
帰りたいと思ってるのも分かってる。

―だけど帰したくなくて無意識に手に力がこもった。



「―神楽!」



背後から響いた聞き慣れた低い声。
―旦那か。

「こんな時間まで何処ほっつき歩いてんだ…」

おそらく江戸中駆け回ったんだろう。
旦那は途切れ途切れに言葉を紡いだ。


「銀ちゃん…」


旦那にコイツを泣かせるつもりは無かったのは分かってる。

コイツが旦那の処へ帰りたがってるのも…。

―けど、それでも俺は………



「ぶっ!!」



びたん、と間抜けな音と同時に旦那の短い悲鳴。
ずるりと落ちる投げ付けてやった愛用のアイマスク。


「おーきーたくーん…これはどういうつもりかな?」

くっきりとアイマスクの形に赤くなった鼻の辺りを押さえ、旦那が怒りで声を震わせる。

「手袋がなかったんでその代わりでさァ」

「はぁ?」

「そのままの意味でさァ。じゃ、俺はこれで」

「オィイイィイィ!全然答えになってねえぞそれ!!」


不本意だが兎を帰るべき処へ帰し、俺は屯所へ歩き始めた。


月光が眩しい。
アイツが兎なら旦那は月だ。
―今は。


俺は絶対アイツにあんな顔はさせねぇ。
必ず俺がアイツの月になる。
帰る処になる。
ずっと傍にいる。


「負けませんぜィ」


空を仰ぎ、満月に呟いた。








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