短編(本棚)

□若葉が深緑に変わる時
1ページ/4ページ


この秘めた想いは絶対に告げることはないと思っていました。
今この時、共にいられるだけで十分幸せだったから。

だから、貴方が怪我を負ったときに後悔したんです。





『若葉が深緑に変わる時』





「陸遜、お前またこんなとこで本読んでたのかよ」


春の暖かな日が差し込む中、陸遜は若葉をつけたばかりの木の下で本を読んでいた。
そんな時、丁度甘寧が通りかかり声を掛けたのだった。


「えぇ、ここはとても暖かくて気持ちがいいんです」


にこりと笑って答える。
だがいつも通りに返してはいるが、陸遜の心中は穏やかではなかった。
甘寧をいつも遠くから見ていた。
日の当る場所で自由に生きる人。

それは陸遜に憧れという感情を持たせたのだ。
そして憧れはいつか恋情に変わった。

それからというもの甘寧に会うだけで陸遜の心は揺れる。


(これでは軍師失格ですね…)


なんて思うのは常。
けれどそれが苦痛だとは思わなかった。


「甘寧殿もどうです?丁度休憩時間なのでしょう?」
「まぁ、本は読まねぇけど…休むのには丁度よさそうだよな」
「貴方らしいですね」


くすくすと笑いながらも、そんな彼が何よりも彼らしくて咎めるようなことは言わない。
甘寧もいつもの笑顔で答えながら陸遜の隣に座った。

鳥の囀りと暖かい風。
そして何より二人きりの静かな時間に、陸遜は幸せを感じていた。

だが、ふと隣が静かだと思い甘寧を見ると。


「……寝てます」


後ろの木に身体を預け、ぐっすり眠っていた。

最近、戦が近付いている所為で鍛錬の時間が増えたと言っていた。
兵たちに教える立場である甘寧の疲労もやはり溜まってきているのだろう。

そう考えながら陸遜は、甘寧の寝顔を見る。


「ふふ、子供みたいですね」


静かに眠る甘寧は、普段の彼と違って何処か幼く見えた。

しかし何を思ったのか、じっと甘寧を見つめる陸遜。
そのまま吸い寄せられるように近付いていく。


(…起きないで。このまま眠っていて)


ゆっくりと近付く互いの唇。

想いは告げないと決めていたはずなのに、気が緩んだのか陸遜は触れたくなった。
一回だけ、と心に決めて。

そして重なる唇。


「――っごめんなさい…」


そこでようやく自分が何をしたのか気がついて、陸遜はその場に本を置いたまま、逃げるように走り去った。

走りながら自分の唇に触れる。
触れたそこは日差しよりも温かい気がした。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ