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□checkmate
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僕は一体


何をしているのでしょう……



………こんな事をして、本当に満足だったのでしょうか。



…今、僕は幸せなのか…




そう思いたいのに



思えないのは何故でしょうかね…。



今日のダージリンは、いつもと同じ濃さなのに…何故かいつもよりほろ苦い味がします。






「伊丹、来たばっかりのとこ悪いがこの書類内村部長の所に持っていってくれないか」


「…………」


「伊丹!おい大丈夫か?」


(どうするんだよ、どうやって顔合わすんだよ……?)


朝になれば習慣として、シャワーを浴び、スーツを着て、登庁する。

いつもと同じ時間の電車に乗り、同じ道を通って、捜査一課の部屋へと入る。


しかし今の伊丹には、仕事の事を考える余地は残されていなかった。

朝、こうして登庁してきただけでも精一杯である。



休暇前日に起こったあの忌わしい出来事。


二日経った今でも、脳裏にべったりと焼き付いている。


「伊丹っ!!」


「あっ…、あぁ、悪い…ごめん」


三浦に怒鳴られてようやく正気に戻った。


「本当、悪かった……で、用は何だっけ…」


「お前大丈夫か?書類を部長の所まで…」

「わかった」




本当は当分の間、誰にも会いたくなかった。

小野田にされた屈辱


伊丹憲一という人格が全て崩れ落ちた。

全てを、壊されてしまった。



「失礼します、伊丹です」


「入れ」


「部長、すいませんがこの書類………」


伊丹の手からバラバラと書類が落ちていく。

内村の机の前に、思いもしなかった人物が立っていた。


小野田公顕



「伊丹!何をぼさっと立ってるんだ、早く書類渡せ!!」


「すいません…」


伊丹があたふたと落とした書類を拾うのを見て、小野田はつい笑みをもらした。


「ねぇ、僕もう話終わったから駐車場まで送りがてらお話していきませんか?」


「伊丹、しっかりお見送りしてこい」


内村に言われては断る訳にもいかなかった。

内村に書類を渡すと、伊丹と小野田は一緒に部屋を出た。


暫く無言で歩を進めていたが、先に口を開いたのは小野田の方だった。




「伊丹君、久しぶりだね、この間はどうも」


話しかけられただけで、背中に悪寒が走る。



「………この間は……食事、ご馳走様でした…」


「あらあら、そんなに怯えた目で僕を見なくてもいいじゃありませんか」


「いえ…別に…、…すいません」


「そうそう、この間はとっても楽しかったねぇ〜」


小野田は怯えた表情の伊丹を見てますます楽しそうに、言葉による攻撃を始めた。


「あの時の伊丹君ったら、まるで小動物みたいに…」


(…嫌だ……助けて……)


「ふふ…あの身体のくねり具合といったら…」


(助けて…薫………薫…!)

あまりの恐怖感に、伊丹は思わず目を固く閉じた。


「でも、あの声は忘れられないよ。女性より色っぽいんだもの」


確かに…あの時は…自分でもどうしようもなかった。


「今度は目隠しして録画しようか?後で一緒に見ながらもうひと遊びなんてどう…?」


あの快感がまだ身体に残っている。おぞましくも…感じた事のないくらい、強い快感。


「あら、顔が真っ赤ですよ。なんなら今夜にでも、遊びましょうか」


「申し訳ありませんが…!もう…」



伊丹が何とか断ろうと俯いていた顔を上げたのと、小野田が伊丹の腕を掴み、壁に押し付けたのと、ほぼ同時だった。


「逃げられると思う?」


長身の伊丹だが、更に長身の小野田に追い詰められては、身動きが取れない。


「…っ、離して…下さ…っ!」

「ふふっ…それとも今すぐこのままどこかで遊びましょうか」


(嫌……だ……)



「薫…たすけ……、」


「今度は君を全部食べちゃおうかしら。…僕に逆らうんですか?」


「…っ、…う……。」


もう駄目だと覚悟を決めた伊丹は、うなだれながら小野田に従おうとした。



しかし呆気なく、腕は離された。


「……やっぱり今日はや〜めた」


「え…?」


「こっちが熱っぽく誘ってんのに、他の男の名前呼ぶなんてどうかしてますよ。だから止めておきます」


「えっ……あ…」


「あっ、怖がらせた?ふふ……じゃあまたね」


へなへなと腰が抜けたままの伊丹をよそに、何事も無かったかのように小野田は去っていった。
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