その他

□たむけの花
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触れたら、壊れてしまいそうだと、思った。



「哀、ちゃん」

薄暗い部屋、シングルベッドに艶かしくその肢体を横たえさせ、哀ちゃんは、私が動くのを、ただ静かに、微笑みながら待っていた。

宝石のような輝きを放つ、翡翠の瞳。
病的な程白い肌。
開けたスカートから覗く、長い足。
ベッドに散らばる、赤茶の髪の毛。

私なんかが触ってしまったら、今にも壊れて、消えてしまいそうなほど…儚げで、繊細で、覚束ない。
そんな印象を覚える程、哀ちゃんは、綺麗だった。

そう、私は哀ちゃんが消えてしまうのが嫌で、こうして哀ちゃんに触れることができずに、立ちすくんでいるのだ。
…情けないことに。

ぎしり、
ベッドが微かに軋む音が耳に入り、哀ちゃんが動いたことを知る。
そちらに目を向ければ、哀ちゃんは、上半身だけを起こして、私をじ、と見詰めていた。
その瞳に、全てを見透かされているようで、私は思わず目を逸らしてしまった。

自分に呆れてしまう。
こんな状況になったのも、私が哀ちゃんに触れたいと言ったからだというのに。
いざとなったら、手を握ることすらできないくらいの臆病者の癖に。

「歩美ちゃん」

明らかに狼狽している私が目に余ったのか、ついに哀ちゃんが口を開いた。
困ったように、眉が八の字に曲がっていて、珍しいなと、混濁する頭で思った。

「私に、触れたいんでしょう?」
「…うん」
「なのに、どうしたの?」

哀ちゃんの諭すような言い方に、更に情けなくなってきた。

「あの…その、ね」
「…」

説明をしようにも、恥ずかしさが喉をついて上手く喋れない。くじけそう。

暫くもじもじしている私を眺めていた哀ちゃんが、不意に、クスリと不適に笑った。

「…成る程ね」
「え」

あれ、私、まだなにも言ってないよ、ね?
困惑する私を余所に、哀ちゃんはなにももわかったような顔で、突然、服を脱ぎ始めた。
びっくりして私は哀ちゃんを止めようとするけれど、すでに上半身は下着だけになっていた。
不謹慎だとは思ったけど、見惚れずにはいられなかった。
何回か見たことはあったけれど、ここまではっきり見たのは初めてだった。
私よりも一回り二回りも大きそうな、胸。
しなやかで美しい括れにに、無駄な肉が一切ついていない、筋肉が少し浮き出ているお腹。
同じ女でもこうも違うものかと、思わず生唾を飲んだ。
触れたい。そう思った。

「いいのよ」
「あ…」

私の心の思いへの肯定とともに、腕を引かれる。
哀ちゃんの上に覆いかぶさるような形になって、恥ずかしさが募る。
けれど、先程までの緊張と不安は、びっくりするくらい綺麗さっぱり消えてしまっていた。
哀ちゃんの手が、私の手をとる。
そのまま私の手を、自分の胸へと寄せた。
私の手が、触れる。
哀ちゃんの、胸に。
掌越しに、哀ちゃんの心臓の鼓動が伝わってくる。

「…あなたに触れられたぐらいじゃ、私は壊れたりしないわよ」
「え…」
「やっぱり。まったく、変なことばかり考えて」

哀ちゃんは優しく笑って、私の頭を抱えるように抱きしめた。
頭の上から、優しい、子供をあやすときの母親のように慈愛に満ちた声が降ってくる。

「大丈夫。簡単に消えたりなんかしないわ、私は」
「…哀ちゃん」
「だから、そんな顔をしないで?」
「…ごめん、ね」

ついに涙が零れる。
哀ちゃんの肌に、私の涙がぽつぽつと落ちた。

「歩美ちゃん」
「、ん…」
「だから、私に触れて?じゃないと、私が不安なの」

涙を服の袖で拭って、哀ちゃんと目をあわせる。
その嬉しそうな表情に、なんだか私まで嬉しくなってきて、キスをした。
リップ音が数回鳴って、唇を離す。

「どうなっても知らないよ?」
「望むところだわ」

今度は自分から、哀ちゃんの膨らみに触れる。
ぴくりと反応する体が愛おしい。

ベッドのスプリングが軋む。
二人分の体重を載せて。





でも、私は知っていた。
いつか哀ちゃんは、私の前からいなくなることを。
私は、知っていた。






いつか消え行く愛しい人に、たむけの花を






――――――――――――
中学一年。
歩美ちゃんは何となくわかってる感じ。

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