その他

□引き金
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トカレフの安全装置を外して、引き金に指をかけて、シェリーへと向ける。
拳銃を突き付けられているというのに、眉一つ動かさないところを見ると、さすが、というか。
まだ18かそこらの小娘のくせに生意気だわ。

「ねえシェリー?」
「なに」
「私に殺されてくれないかしら」

できうるかぎりの笑顔でそう告げて、一歩、また一歩と、シェリーに歩み寄る。
当然、銃口はシェリーの頭部へと向けられたまま。

「どうして殺されなきゃならないの」
「私があなたのことを良く思ってないからよ」
「それだけ?」
「それだけよ」

理由なんてどうでもいいじゃない。
私があなたのことを邪魔だと判断した時点で、殺すことだけが頭の中を駆け巡ったというのに。
今更理由なんてただのこじつけに過ぎないわ。
これは決定事項なのよ、シェリー。


―無機質な部屋の真ん中。
必要最低限なものしか置かれていない質素な場所で、あなたは死に花を咲かせることになるのよ?

「撃って」
「は?」
「私を殺すなら、早く撃って頂戴」

まるで死にたいというような口ぶりに、私は思わず面食らってしまう。
トカレフがずり落ちそうになるのを抑えて、再び構え直した。

「私、死にたいの」
「…ばか?」
「大まじめよ」

私にとっては。
目を細めて、うれしそうに言うシェリーに、私は身震いした。
死にたい?本気で言っているの?
有り得ない。

「さあ、早く撃って」
「っ」
「私を殺したいんでしょう」
「…」
「その引き金をくい、と引くだけで、あなたは念願を叶えられるのよ」

さあ、ねえ。
私の手をとって、シェリーは譫言のように呟く。
そのしなやかな指は、ゆっくりと引き金に添えられて………





「…やめだわ」
「え?」

ぐい、とトカレフをシェリーの手から引きはがして、後ろを向く。

「興が覚めた。また今度にしましょう」
「どうし、」
「私、死にたがっている人間は殺さない主義なのよ」

そんな人間を殺せば、ただ、悦んで逝ってしまう。
私は、苦しみもがくところがみたいのよ。

「ベルモット!」

私に縋り付き、切なげに、哀しげに、シェリーが鳴く。泣く。
嗚呼、やめて頂戴。

「勘違いしないで」
「ベルモット…?」
「あなたを殺すのを諦めたわけじゃないのよ」

いつか遠い日、シェリー、あなたが死にたくなくなるほどのしあわせを見付けるまで、待ってあげる。
それの方が、あなたの絶望も凄いでしょう?
口角を微かに上げて、嘲る。

そして、私から手をフッ、と離し、シェリーは一滴、涙を零した。

その時のシェリーの哀しげな顔を、私はきっと、忘れない。








その日の翌日、シェリーはガス室に監禁され、そしてその次の日に、シェリーはなんらかの方法でガス室から抜け出し、組織の裏切り者と成り果てた。





――
―――…




あれから、数カ月が経って…、
小さくなったシェリーを庇うエンジェルを見て、私は、声にならない呻きを、私の中で聞いた。

―――しあわせを、見つけたのね。

しかも、私が壊すことなどまかり通らないほどの、しあわせを。

――嗚呼、あの時殺しておけば、

あの時と同じように引き金を引く私の手には、あの時には全くなかった、明らかな迷いと戸惑いがあって、
酷く、哀しくなった。




けれどなぜか、心のどこかで、よかったと思う私がいた。





―――――――――――
明美さんを亡くした直後のシェリーさん。
自暴自棄になってたでしょうねきっと、という私の妄想から。
ベル姉の口調がつかめない!大好きなのにーっ

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