その他
□幸せに
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昔来た彼女の部屋は、とても子供らしい、ぬいぐるみやピンク色の系統のもので溢れていた気がする。
あれから数年が経って、彼女の家に訪れた今、ぬいぐるみはその姿を消し、ピンク色のものも大分なくなった。
「久しぶりだね。」
「…」
「哀ちゃんが私の部屋に遊びにくるの。」
そうね。
そう呟いて、首に巻いていたマフラーを畳んで、床にそっと置いた。
「それで?」
「え?」
「え、じゃないでしょう。吉田さんがわざわざ放課後に私を家に誘うなんて、よっぽどのことだもの。なにか、私に話があるんでしょう?」
放課後に寄ってしまったため、もう日が傾きかけているのか、ピンク色のカーテンの隙間から、オレンジ色の光が真っ直ぐ差し込んでいる。
吉田さんが容れてくれた珈琲が、静かに湯気を立てていた。
「…やっぱりお見通しなんだ。すごいなあ。」
「何年一緒にいると思ってるの。」
「ん。もう七年くらいになるのかな?早いね。」
「冷静に分析なんてしないで。」
「えへへ。」
この娘はまったく、昔からなにひとつかわらない。
かわったとすれば、髪を伸ばしはじめたことと、身体の成長と、そしてこの部屋くらいだろう。
今だ湯気を立て続ける珈琲を口に運びながら、漠然とそう思った。
珈琲の水面には、相変わらず無愛想な私の顔が映っている。
私は、なにかかわっただろうか。あれから。
「あのね、哀ちゃん。」
「、なに?」
ようやくか、と思って、珈琲から顔を上げ、吉田さんの顔を窺う。
すれば、どういうことか、吉田さんの顔は夕日のせいではなく、まるで林檎のように真っ赤になっていた。
面食らってしまった私は、思わずポカンとしてしまった。
だってこんな顔、今まで一度も見たことないもの。
「あの、えっと、ね。その、だから…、」
「…落ち着いて、ちゃんと聞いてるから。」
「う、うん。」
すー、はー
二、三度深呼吸して、吉田さんは真剣な顔で私に向き直った(顔は赤いままだけれど)。
「えっと、」
「なに?」
「私ね、その」
「…」
「あ、あい、ちゃんが、す、すき、なの。」
「え、」
「やっぱり、気持ち悪いよね、女の子が、」
女の子を好きになるなんて
吉田さんは目尻にたっぷりの涙を揺らしながら、俯いた。
その瞳から、ぽたりぽたりと、紺色のスカートに水滴が落ちていく。
段々と染みになっていくそれらを見て、私もは、と我に返った。
吉田さんが?私を?
「、よ、吉田さん?」
「ず、ずっと好きだったの。哀ちゃん、かわいいし、かっこいいし、頭、いいし、歩美のこと、守ってくれるし、」
「、」
「でも、哀ちゃんがいやなら、歩美、明日から話し掛けないから…、」
だから嫌いにならないで。
そう叫ぶように言って、吉田さんは顔を手で覆い、本格的に泣き出してしまった。
そんな吉田さんを見て私は、理性が止めるのを頭の端で聞きながら、机を避けて、吉田さんを床に押し倒した。
当然のように吉田さんは真っ赤な目で私を見詰めた。
「哀ちゃん…?」
「勝手に私の気持ちを決めないで頂戴。」
「え…?それってどういう、」
彼女が言い終わる前に、そのかわいらしい唇を塞ぐ。
啄むようにして何回も何回も。
吉田さんは最初は抵抗していたけれど、途中から私の背中に手を回して来た。
私もそれに応えるように、キスに没頭する。
私も、ずっと吉田さんが好きだった。
私とは全く反対の性格の彼女が。
彼女は私にはないものを持っていたから。
いつしか惹かれていた。
でも、想いは告げようとは思わなかった。
絶対に気持ち悪がられると思ったし、なにより嫌われたくなかった。
けれど、吉田さんはちがった。
そんなリスクを犯してまで、私を好きだと言ってくれた。
本当に嬉しくて堪らない。
愛おしい。吉田さんが。
息が続かなくなって、名残惜しいながらに唇を離せば、吉田さんが熱の篭った瞳でこちらを見据えていた。
「…哀ちゃん、」
「わかった?私の気持ち。」
くすり、と笑って問えば、歩美ちゃんは一瞬考えて、すぐに首を横に振る。
「ううん、わかんない。」
「え?」
「ちゃんと、言葉で。口で言ってくれなきゃ。」
大人っぽい笑みを浮かべながらそう言う吉田さんを、私は見たことがない。
「………いつからそんな娘になったのかしら。」
「歩美だって、もう子供じゃないんだよ?それに、言葉で伝えなきゃわからないことだってあるよ。」
嘘つき。
ふ、と私は微笑んでから、もう一回吉田さんに口付ける。
「私も好きよ、吉田さん。」
「知ってる。」
今度は吉田さんが、私の唇を塞いだ。
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