Short×krk1
□今日で終わりにしよう
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対戦相手の試合DVD、スコアノート、各選手の分析データ。
…その山のような資料は彼女が一人で運ぶには明らかに酷だ。
昼休み、それらを両手いっぱいに抱えてふらふら歩くミョウジ先輩を見付けたオレは、追い掛けて迷わずひったくった。
奪うようにして運んできた荷物を目的の視聴覚室の机に降ろすと、わざとらしく不機嫌顔で溜め息を吐く。
「こんな量、運べる訳ないっしょ?何で誰かに頼まねーかなぁ…」
「め、迷惑掛けてごめんね」
「あのね、迷惑じゃないんすよー全然。それより怪我でもしたらどうすんのって言っ、て、ん、の!」
「いたた…うぅ」
言葉に合わせてその額をつついてやると、先輩は反論のしようも御座いませんという顔をした。
その頬にはオレを信頼しています、とっても頼りにしていますと書かれていてちょっと満足する。
「ねー先輩。オレっていい後輩だと思わない?」
「すごく思います!高尾君にはいつもいつもいーっつも助けて頂いて感謝しております!」
ははーっとふざけて拝むようなジェスチャーをした先輩の様子が可笑しくて、ぶはっと思わず笑ってしまう。
すると目の前の原因はきょとんとした後、嬉しそうにありがとうと笑った。
「笑われてナニ嬉しがってんの!やぁっぱ面白い人っすね…っくく、」
「うん?変かな?」
「変っつーか…ミョウジ先輩はいつもさぁ、笑い所っていうか喜びポイントがズレてるんすよ」
「うーん?そう言われてもなぁ…高尾君が笑ってくれたら、嬉しいんだもん」
その言葉に、ビタリと自分の動きが止まるのが分かった。
……笑いを堪えるのに口元に当てていた手が、別のものを堪えるのに役立ちそう。
熱を持つ頬を誤魔化すようにチラリとだけ視線を落とせば、だめなの?とでも言いたげに不安そうな先輩がこちらを見上げている。
こっちの気も知らずにまぁ、相変わらず含みのない目をして。
「あーもーだからさぁ…」
「えっなに、なんて?」
「、いや……あー先輩、オレ今日誕生日なんですよ」
「あっうん!知ってるよ、おめでとうだね!」
突然変えられた話に戸惑うこともなく、ミョウジ先輩はまた嬉しそうに笑ってプレゼントは部活の時に渡すね、と言った。
彼女が用意してくれているのは多分タオルだろう。
一年部員の誕生日には、先輩一同からという名目でみんな同じ秀徳の刺繍入りタオルが贈られていた。
誕生日プレゼントがこれかー等と言いながらどいつも結構喜んで使っている。
こういうものは気持ちだし、何であれ祝って貰えるのは嬉しいものだ。
――でもオレはもう、違うものが欲しい。
「……先輩。オレの事いい後輩だって、いつも感謝してるって言いましたよね?」
「うん、言ったし本当にそう思ってるよ」
「じゃあプレゼントに色付けて」
「イロ!?」
「だめっすか」
「……いや、うん、そんなに高いものは無理だけどそれで良ければ…!」
何を強請られると思っているのか、ミョウジ先輩は今月の収支をぶつぶつ思い出してはうん…前借りすればこのぐらいは…とか言っている。
バカだなぁ。
オレは先輩に買ってあげたい物は山程あっても、何か買ってよなんて思ったことないのに。
「オレが欲しいのは高いもんじゃないっすよ」
「ううん!いつもお世話になりっぱなしなんだから、遠慮しないでどんと…」
「まぁ、ミョウジ先輩からしたらある意味高くつくかもだけどね」
「、え」
「今からオレが言うことに“いいよ”って言って欲しいんすよ」
「……“いいよ”?って言うだけ?」
「だけ。…どうっすか?」
ミョウジ先輩は少し考えた後、わりとあっさり頷いた。
オレがどんな無理難題を言うかもしれないのに、その顔には相変わらず“高尾君を信頼しています”と書かれている。
……バカだよなぁ、ホント。
本当に、バカで、可愛くて、たまんない。
「ねぇミョウジ先輩。オレは先輩のこと怖がらせた事とか、ないですよね」
「?うん…」
「ワガママ言ったり泣かせたりもしないし、傷付けるようなこともしない言わない“いい後輩”…っすよね?」
「う、うん…そうだけど…」
意味を掴めない念押しと中々来ない“いいよ”を言うタイミングのせいで、ミョウジ先輩はヤル気満々なのに試合が始まらないような、よく分からない顔をしている。
多分今この人は全力で“いいよ”を言おうとしてて、一生懸命オレの願いを叶えようとしてて、それ以外は考えてないんだろう。
いつも何をするにもこんなに真っ直ぐで、こんなに危なっかしい…そういう先輩を助けてあげる“いい後輩”も結構楽しかったんだけど。
「あのさ先輩…オレは先輩みたいに真っ直ぐじゃないからさぁ、いい加減曲げたくなっちゃうんだよね」
「曲げる?」
「うんそう。だから…」
真っ直ぐの手伝いは今日で終わりにする。
前じゃなくてこっちを向いて貰うには、多分優しくするだけじゃ済まないから。
傷付けるし、泣かせるし、怖がらせるかも知れないけど、それでもオレはもう皆一緒のタオルじゃ満足できない。
たった一つ、別のものが欲しいんだ。
「だからもう、“いい後輩”…やめてもイイ?」
言うや否や、オレはその口が“いいよ”と動くのを待たずに噛み付いた。
固まったミョウジ先輩の小さな手から、ファイルがばさばさと落ちる。
窓からの風に舞い上がる、白くて軽い紙。
今までの“いい後輩”の立ち位置みたいな、ぺらぺらのそれを踏みつけて。
今日からワルイコになったオレは、その驚きに見開いた目を覗き込むと、
「ごめんな、……ナマエサン」と笑った。
手加減、オワリ
20121125