Short×krk1

□かがみよかがみ
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「では折角なので、皆さん一緒に頂きましょう!」

「やっぱりまずはリンゴを使ったアップルパイからっスね!」

「あぁ、全員に行き渡ったか?」



頷く一同の手にパイの刺さったフォークが握られます。
ごくり、と息を呑む一人を除いた声がにこやかに重なり…。



「いっただきまー…」

「ちょおぉっと待ったー!!」



今まさにという所で皆の掛け声を遮り、バーン!と扉を開け転がり込んできたのは、白雪姫を森へ逃がした猟師でした。



「ちょっとちょっと何楽しそうじゃん!オレも混ぜてよー」



赤いカチューシャの似合う見たまま友好的な彼は、度々白雪姫の様子を心配しに来ている顔馴染みです。
緑の小人に声を掛けて貰ったところ仕事で不参加との返事があった筈でしたが…そんな白雪姫の戸惑いと嬉しさの混じった視線を向けられた小人は目を逸らし言いました。



「…どうやら、仕事が早く終わったのだよ(ちっ)」

「あーハイハイそゆ事ね…まぁいーや!あっこれ白雪姫の手作り?うまそー」


ひょいパク。


「「「「「あ」」」」」

「あ゙ぁぁぁぁー!!」



止める間もなく簡単にアップルパイを口に放り込んだ猟師に、リンゴ売りの絶叫が響きます。



「てっ、てめぇ何してくれてんだ!!それは、そのパイは…っ」



立ち上がり、とんでもなくショックな様子で猟師の胸ぐらを掴むリンゴ売りに、何だかんだ言って食べたかったんだね、と白雪姫達はのんびり微笑み合いました。
良かった良かった、じゃあ皆で楽しく食べようかとそれぞれもパイを口に運びます。

パクパクパク。



「あー…何か分かんねーけどゴメンな、そんなに食べたかったんならまだあるからさ、ハイ」

「な…っ」



パクン。
反論に開いたリンゴ売りの口に猟師の手からパイが入れられ、それは驚きに思わず飲み込まれてしまいました。
彼は青ざめた顔で慌てて周囲を見渡します。

しかし目が合う小人達や王子は皆、パイを食べながら笑い掛けるばかり。

……毒がうまく効かなかったのか?

隣でコレ美味いよなー等と暢気に肩を叩く猟師も元気そうで、リンゴ売りは首を傾げます。
不審に思いつつも、向けられる笑顔を見ていると何だかくすぐったいような居心地悪いようなモゾモゾした気持ちを感じる彼に、白雪姫がにっこり訊ねました。



「リンゴ売りさん、お味はいかがですか?」

「………ふん、リンゴがいいからな」



ボソリと呟かれたその言葉を合図にするように、席に着き直した彼と猟師を含めた楽しいお茶会が改めて始まりました。


窓からは気持ちのよい風が流れ、飾られた花達がそれに揺られてさわさわと柔らかな香りを届けます。
席に着いた全員の心がぽかぽかとして今日のお天気のよう。
お喋りに興じる猟師が笑顔で言います。



「今日はホンット楽しい日だなぁ。太陽は暖かいし、美味いもん食ってこんなにのんびり出来て…、ふぁ…オレ何か…眠くなってき……」


ガチャン。


言い終わらない内に、猟師は手にフォークを持ったままテーブルにバタリと突っ伏してしまいました。
眠ってしまったのでしょうか。



「おい貴様、何をいきなり寝ているのだ…よ…」

「え、ちょっと大丈夫ですか皆さ…」



ガチャン。ガチャン。ガチャン。

次々とテーブルに倒れ眠る面々を見て、リンゴ売りは悟りました。



「そうか…火を通したから効くのに、時間…が…」



ガチャン。

最後にリンゴ売りが瞳を閉じたのを見て、一人残った水色の小人は静かに驚きました。



「これは……みんな、眠ってしまった…?」



誰に声を掛けても目を覚ます者が無いのを確認すると、小人は諦めたように、仕方がありませんねと苦笑しました。
彼は隣で穏やかに寝息をたてる白雪姫の頭を優しくそっと撫でると、懐から抱いていた小さな犬を出し言います。



「2号、頼みましたよ」

「ワンワン!…クォーン!」



2号と呼ばれた子犬が優しく鳴き声を響かせると、飾られていた花達は眠るように花弁を閉じ、麗らかな陽射しが差し込む窓も扉も静かに閉まりました。



「…これで大丈夫。僕には眠りの毒を消すことは出来ませんが、2号にこの屋敷ごと眠らせて貰いました。だからきっと、いつか目が覚めたら元通りです」



一人一人を何とかベッドに運んだ後、自分のベッドに入った水色の小人は2号を抱いて微笑みました。



「おやすみなさい。起きたらまた皆で、お茶を飲みましょう…」



その言葉が幕を引くように、彼と2号の上にも眠りのベールが静かに掛かり――そうしてこの屋敷は長い長い、けれど幸せを閉じ込めた暖かな眠りへと落ちたのでした。





――めでたし、めでたし……







……ってなるかいな!!何なんコレ!なぁ何なん!?」

「う、うるっせぇな、オレに言われても知らねぇよ…!」



所変わって、ここは白雪姫が居た城の一室。
豪奢な鏡に映った赤毛の男性に食って掛かる眼鏡姿がありました。



「ちゃうやん!当初の予定ではリンゴ売りが毒リンゴ食べさした白雪姫を、キミ使って一部始終見とったワシが助けに行くっちゅー話やったやん!」

「死ぬような毒は流石に危ないよな…っつってアイツ眠りリンゴに変えてたぞ。良かったな、危うくそして誰も居なくなるとこだぜ」

「いやそうやけど何でそこ見せへんの!?キミ魔法の鏡の自覚ある?全てを映してよちゃんと!」

「だから知るかよ!映してたよオレは!アンタが見てなかったんだよ!」

「ほんま無いわぁーコレもう白雪姫ちゃうやん眠り姫やん…。そもそもあの小人と犬は何なん眠り姫界の妖精かいな?あんなんアリなん…」

「あいつ見えにくいからな…紛れ込んだのかも。つーかアンタがお妃なんだから小人が妖精でも不思議はねーんじゃ…」

「やかましい!」



鏡の言うことをピシャリと遮ったお妃は唸ります。



「うーん…こうなったらもう眠り姫の王子になるしか無いやんなぁ…」

「あぁ?」

「ちゅー訳で百年も待ってられんしちょっと行ってくるからキミ、あの屋敷までの道映してぇな」

「いや、王子になるとか無理じゃねぇか…?ただでさえアンタ、お妃のくせに姫に手ぇ出そうとして猟師に逃がされてんだか…」



お妃は魔法の鏡の言葉を無視して呪文を唱え始めました。
これを言われると鏡は映さない訳にいきません。

はぁ…と溜め息を吐いた彼は、呪文にお決まりのツッコミを返して願いを叶えるべくお腹に力を入れます。
いつの時代もどの世界も、魔法を使うには様式美が大切なのです。



「かがみよかがみ…いや火神よ火神ー!」

「ってダジャレかよ!!!」



その時ちょうど廊下を通り、呪文を耳にしてしまった黒髪の宰相が「キタコレー!」と叫ぶ声が城にこだましました。


キタコレー…コレー…レー…







――深い深い森の奥。

全てから隠されたようで、そうでもなかった屋敷に眠るのは夢見るように美しい姫。

傍らには七人の小人と、何故か王子と猟師とリンゴ売り。



不思議な屋敷で仲良く眠る皆が目覚める時は、意外とすぐやって来そうです。




おしまい。
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