Short×krk1

□双方向ベクトル
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「待って…!」


捕まれた手を振り払うと、ぱしんと乾いた音が廊下に響いた。
思いがけず強く叩いてしまった事に驚いて振り向いた私の目には、泣くのを堪えるように顔を歪めた黄瀬君が映る。



「あの…!俺、何か気に入らないことした?なら謝るっスから…!」

「……別に、何もないです」

「っじゃあ…!」

「黄瀬君に話すような理由は、何も…ないから」



私の吐き出した言葉に、彼は絶望的な顔をする。

……傷付けた、んだろうか。

そう思うと胸が痛むけど、でも本当に言えるような理由なんて無くて、私は思わず開きかけた口を結局閉じた。


――放課後、先生に頼まれた用事を済ませて教室に戻ると、クラスの皆が結構残っていた。
その中心に居たのは黄瀬君で、誰にでも友好的な彼は私にも笑顔でお菓子を差し出し一言。


「差し入れだっていっぱい貰っちゃったんスけど、今日部活無いしこんなに食いきれないんで…ミョウジさんも良かったら」


ラッピングを見れば分かる。
それは、色んな子が色んな思いを詰めて渡したお菓子達。
けれどその思いは目の前で容易く手放され、私はまるで自分の気持ちも同じようにポイと投げられてしまうような気がして苦しくて。
有名店のチョコレートを当たり障りなく丁寧に断ると、鞄を持って教室を出た。


……まさか、追い掛けてくるなんて。



「…チョコレート、嫌いだった?」

「ううん、好き」

「じゃあ…俺が、嫌いっスか…?」



もう一度“ううん、好き”って言ってくれないか、なんて淡い期待は見事に粉々になった。
彼女は少し躊躇って「…そうだね、あんな事する黄瀬君は…好きじゃない」と、俺を撃ち抜く。

ミョウジさんは静かに、黄瀬君に食べて貰いたくて一生懸命渡された物を、簡単に誰かに配ってしまうのは悲しいと言った。
心を捨てられるみたいで苦しいと。
その言葉に、俺はそうきたかと頭を抱えたくなる。

きれいで優しいその心に近付きたくて、思い付く限り自分も誠実であるように努力しようと思った。
部活は勿論、苦手な勉強も頑張る。
ファンだって子達にも冷たくしないように、何でも優しく受け取って。


でも、そんな付け焼き刃じゃ駄目なんだ。

やっぱり俺は俺のまま。

……彼女の嫌いな俺のまま。



「…嫌なこと言って、ごめんね。黄瀬君の自由なのに」

「……いや、いいんス…」



俯いてしまった黄瀬君に、罪悪感が溢れる。
どうして私はいつもこうなんだろうか。

隣の席の黄瀬君は華やかで人気者で、私とは違いすぎて上手く接する事が出来ない。
サボるのは不真面目な感じで好きじゃないとか、嫌いな事も頑張るのが大切と思うとか…黄瀬君の勝手なのに、無神経に自分の考えを伝えては傷付けてばかり。
黄瀬君は私に真面目だけが取り柄では面白くない、なんて一度だって言わないけれど、きっと嫌われているだろう。
彼の周りには、可愛くてお喋りもお化粧も上手な女の子がたくさん居る。

憧れる気持ちが日の目を見ることはなさそうだった。



「…その、気持ちは嬉しかったんだよ。あのチョコレート、雑誌で見て食べてみたいなって思ってたし…今度買いに行ってみるね」


せめてこの場だけでもと下手なフォローを試みると、黄瀬君が顔を上げてくれた。


「雑誌?」

「うん、この前黄瀬君が出てるからって教えてくれたでしょう?そこに載ってて」

「……見て、くれたんスか…」



頷くと、彼は何だかとても嬉しそうにはにかんだ。
その反応に、初めて黄瀬君を喜ばせられた気がして自分も嬉しくなる。



「い、言ってくれれば一冊渡したのに…ミョウジさん興味ない感じかと思ったっス」

「えっと…うん、確かに普段はあんまり見ない雑誌だったんだけど…。それに、買わずに貰っちゃったら応援にならないかなって」

「応援…」



ミョウジさんの言葉に、単純な俺はさっきまでの落ち込みを忘れて簡単に舞い上がる。

嬉しい。

ちらっと言ってみた雑誌をわざわざ見てくれた。
応援してると言ってくれた。

……嬉しい。

俺の気持ちが伝染したのか、ミョウジさんまで何故か嬉しそうな顔で、見てみると楽しい記事がいっぱいあったよと話してくれる。
いつもはこれ以上嫌われるのが怖くてあまり話せないだけに、この和やかな会話が奇跡のように幸せだ。
嬉しさが伝染してこうなってるなら、好きって気持ちも伝染すればいいのに…。

けど、そんな俺の頭の中なんて知る筈のない彼女は、可愛い笑顔で「載ってたリップも買っちゃったんだ、コレなんだけどね…」と俺に小さなピンク色の筒を見せた。


ヒュッと自分の息を呑む音が聞こえた気がする。

……心臓が凍ったかと思った。


ミョウジさんが小さな手のひらに乗せているそれは、ぺらぺら流し見たあの雑誌の特集ページで…“恋が叶うリップ”と紹介されていた物だった。



「?黄瀬君…?どうかした?」



不自然に固まった俺を気遣う声が、ひどく遠く、ぼんやり聞こえる。
何か言わないと、そう思っても浮き上がってくるのは絶対言えないことばかり。



好きな人がいるの?

どんな人、どこの誰?

俺と違ってその人とはよく話す?

仲が良い?



俺の内側を好き放題ぐるぐる回って、斬り付けるみたいに暴れる動揺。
痛くて痛くて堪らなくて…けれど全部を飲み込んで、俺は下手くそな笑顔を作って言う。



「いや、よく…似合ってると思うっスよ」

「っ、そうかな…?」


頬を染める彼女に眩暈がする。


「本当はね、苦手なんだ…こういうの。けど、黄瀬君を見てたら苦手だからって言い訳しないで頑張らなきゃなって思って」

「俺…?っスか?」

「うん。黄瀬君は最近、英語の小テストとか凄く頑張ってるでしょ?部活もあるのに…。苦手こそ頑張るべきなんて、偉そうに言った私がこんなんじゃダメだなって思ったから」



だからこれは、黄瀬君のおかげの第一歩なんだよ、と恥ずかしそうにミョウジさんは微笑む。


……あぁ、そうだ。

厳しいほど真っ直ぐで、優しくて…誰かの悲しさに敏感で、誰かの小さな頑張りを見てくれてて、…俺は、そんなこの子を、好きになったんだ。


それに改めて思い至ると、不思議と胸の痛みは消えていた。
自然に浮かび上がってくる笑み。
今度は作らなくても良さそうだ。



「でももう少しだけ…、待ってて欲しいっス」

「?、待つ?」



意味が分からないという顔で首を傾げる彼女に、心の中で銃口を突き付けた。
誰を好きだろうが関係ない、そんなの全部飛び越すぐらいやってやる。

それで“いつか”その真っ直ぐさに向き合える俺になれたら、その時に。

取り敢えずは次の小テストで80点取るところから。



「いや、何でもないっス!俺も頑張ろって感じ!」

「う、うん…?」



何故か満足げな、もしくは挑戦的な…そんな笑顔を残して黄瀬君は背中を向けた。
気を付けて帰って下さいっス、と去っていく背中を見ながら思う。

……うん、私も頑張ろう。

“いつか”が来るかなんて分からないけど、でもそれを目指してやってみよう。
取り敢えずは意外に難しい、このリップを塗りこなすところから。

自分に言い聞かせるように頷いた私は、夕日に染まるその背中をもう一度見つめてから、反対方向に足を踏み出した。






その日が来たら、言えるかな。


聞いたら君はどんな顔をするのかな。


勉強も、お化粧も。
苦手を頑張るのは、ぜんぶぜんぶ。






―――全部、君のためだったって。







向かい合うそのいつか





20120925

********************

*40万打フリリク企画:菜摘様リクエスト【黄瀬さんと両片想い】でした。
両片想いのもだもだ感も、切→甘も全く表現出来なかった気がして申し訳ないです…!
でも挑戦が楽しかったです。リクエストありがとうございました!

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