Short×krk1

□その手が語ることには
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「あの、水戸部君…」



休み時間にクラスに来たナマエのいつになく真剣な様子に、水戸部は身構えた。
どうしたのかと用件を促すと、彼女は無意識なのか制服の裾をぎゅっと握って俯き震えるように言う。



「今日、部活の後ちょっと会えませんか…?」



大事な話があるんです。

その消え入りそうな声に水戸部は息をのむ。
ほとんど反射的にナマエの震える頬を撫でようとして、だが触れることは出来ずにそっと引っ込めた右手を握り込むと、水戸部はわかったと、ただ静かに一つ頷いた。






*****


練習が終わり、急いで向かった待ち合わせ場所である非常階段にはナマエが既に腰掛けていた。



「水戸部君!早いですね…走らなくても良かったのに」


疲れを心配するナマエに、水戸部は平気だと首を振る。


「でも練習であんなに走った後で…ふふ、お疲れさま」



そう言って彼女は立ち上がり、汗を流す水戸部に自分のハンドタオルを差し出した。


その笑顔に、初めて会った時もそうだったなと思い出す。


ランニングの後、外の水道で顔を洗ったはいいがタオルを忘れた水戸部は、ぼたぼたと垂れる水滴をどうしようかと考えて固まっていた。
シャツで拭くにしては髪まで濡れ過ぎたが…まぁ仕方がないかとその裾を握った時。



「あっ待って下さい…!」



小さな声に視線を下げると一生懸命背伸びしたナマエが顔を拭こうとタオルを差し出してくれていたのだ。
シャツがびちょびちょになってしまうから、と笑ったナマエから有難くタオルを借りて水戸部は練習に戻った。

それから縁が出来たと言うか、会えば挨拶するようになり、話すうち練習を見に来てくれるようになり…。
気付けば水戸部は、最初に借りたタオルのような柔らかい笑顔の側に居たいと思うようになっていた。

ゆっくり始まった2人のお付き合いは小金井達に言わせると平和すぎてドキドキ感に欠けるらしいが、水戸部はナマエと過ごすのんびりほっこりした時間に幸せを感じていた。


―――ナマエと居ると、楽しい。


お弁当のおかずを交換して美味しいねと笑い合ったり、練習や試合で聞こえるナマエの応援の声にくすぐったくなったり、たまの休みには一緒に買い物に出掛けたり。


振り返って笑うナマエ。

頑張れと叫ぶナマエ。

どれにしようと迷うナマエ。


今日までずっと、色んな彼女を側で見てきた。

……けれどきっと…。





「あ、あの。それで、お話なんですけど…、っ!」



意を決して話を切り出したナマエは顔を上げると驚きに息を飲んだ。


…なんと水戸部が泣いているのである。


優しい瞳が揺れては静かにほろほろと雫を溢し、ただまっすぐにナマエを見つめている。
水戸部の、というよりも男の子が泣く姿など初めて見た彼女は当然慌てふためいた。



「水戸部君!?えっどどどうし、どうしたんですか…!どこか痛いとか?まさか怪我を…!?」

「…っ」



流す涙に自分でも慌てた様子で、それでも怪我はないと首を振る水戸部に取り敢えず安心する。
だが、じゃあどうしたのかともう一度問えば、今度は逆に問い掛けるような目を向けられナマエは戸惑った。

その瞳はこう言っていたのだ。


“俺が喋らないから?”



「…?え?」



その質問の意図が分からずぽかんとするナマエに、水戸部は悲しそうな顔を向けるだけ。
その様子に彼女の頭の中で、彼の今までのおかしな態度が次々思い浮かぶ。

食欲も元気も最近無かった。

一緒に居ても溜め息が多くて、あげく泣くだなんて…まさか…。



「だっ…誰ですかそんなこと言って水戸部君をいじめた不届き者はー!!」

「!?」


拳をぎゅっと握りいきなりぷんぷん怒り出したナマエに、今度は水戸部が驚いた。


「そんな事で私の大事な水戸部君を、悲しませるなんて…!」

「!」

「水戸部君は喋らなくても、たくさんお話してくれるのに…っそれなのに、知らないのに…!っう」

「……っ」



声を詰まらせたナマエの瞳から一粒涙がこぼれたのを見て、水戸部は思わず彼女を抱き締める。



「みと、水戸部君の声は優しいです…っ喋らなくても、分かっ、」



自分の腕の中で泣きながら言い募るナマエの頭を、背中を、水戸部はおろおろと撫で続けた。

ごめんね、ごめんね、ありがとうとその手は彼女が泣き止むまでずっと優しく語っていた。













「……えっ、勘違いですか!?」


泣き止んだナマエの隣に腰掛けた水戸部は、気まずそうに頷く。
自分が悪口を言われたと思って泣いてくれた彼女の目はまだ赤い。
すまなそうにその目元を撫でる水戸部が言うには。



「別れ、話…ですと」

「…(こっくり)」



ある放課後、ナマエのクラスの女子達が水戸部とナマエが別れるのは時間の問題だと言っているのを聞いたのだと言う。
言葉を欲しがらない女子なんて居ない、ナマエだってこの間好きって言ってくれないのは嫌だと言っていた、と。

そうなんだろうかと考えている内に深刻そうなナマエに呼び出されたので、水戸部はてっきり別れ話だと思って悲しくなってしまったのだった。



「別れ話なんて、ひどい勘違いです…」



肩を落とすナマエに水戸部はごめんと頭を撫でる。
けれど、やっぱり気になるのか少しそわそわしたその手付きに、ナマエは少し笑って言った。



「最近水戸部君の様子がおかしいので…その、私が何かしてしまったのかなと聞いてみようと…ふふ、何だかよく似た事で悩みましたね」


その言葉に、水戸部もやっと笑顔を見せる。


「……まぁ、好きって言ってくれない人は嫌っていうのは、確かに言いましたけどね」

「…!」



がん、と笑顔から一転いかにもショックを受けた様子の水戸部の手をそっと握って彼女は微笑む。

励ましたり、慰めたり、心配したり…優しく動いては色んな気持ちを教えてくれる、その大きな手。



「でも水戸部君は、言葉じゃない形でいっぱい伝えてくれるので……私はいつも幸せです」



ありがとう、とにっこり笑ったその柔らかい笑顔にびっくりした後。


いつもと逆に自分の頭を撫でる小さな手に、恥ずかしいとか嬉しいとか申し訳ないとか何が何やら。


色んな気持ちがぐるぐる溢れた水戸部は何だかもう堪らなくなって…その赤い顔をタオルで隠し、頷いたのだった。

















20120808 wed.


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