Short×krk1

□あなたは酷い人
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「……ない!ないないないなんでおかしいなコレ…!」


練習が終わり部室に戻ると、大事にファイルに挟んでおいた筈のものが見当たらない。
その事実に気付いた顔が自然と青ざめる。

何の飾りもない無地の白。
何度も書き直した跡のある少し皺のよった紙。

ただただ誠実に、ただただまっすぐに記された文字を、今日一日ナマエは溜め息と共にこっそり何度も読み返したのだ。

そう…ナマエが探しているのは、登校した彼女を下駄箱で出迎えた、思いがけない告白の手紙だった。


「どうしよう…!本当になんでだろ、鞄に入れたかな!?」

「…どないしたんやミョウジ、そんな慌てて」


ガサガサ鞄やロッカーを引っ掻き回して探すその背中に、優しい声が掛けられる。
振り返るとそこには、ナマエが最も頼りにする先輩である今吉が立っていた。


「い、今吉先輩…!わた、私…っどうしましょう〜…!」

「なんやなんや…あーよしよし、泣かんでええよ。落ち着いて説明してみ?な?」


取り乱して泣き付いてきた後輩マネージャーを抱き留めると、今吉はあやすように背中を撫でてやる。
ぽん、ぽん、ぽん。
ゆっくり優しく背中に触れる大きな手と、大丈夫やよ、と響く低い声。
それに段々と落ち着きを取り戻したナマエは、ほぅと息を吐いて今吉から離れた。


「す、すみません今吉先輩…私ちょっとびっくりしちゃってて…」

「かまへんよ。…でも、ミョウジが泣くんはあんま好きちゃうなぁ…どないしてん、誰かに何かされたんか?」


ん?と涙を拭ってくれる指はどこまでも優しい。
そんな今吉に笑顔を返して、ナマエはそうじゃないと首を振り告げた。

“大事なもの”を失くしたのだと。


「……“大事なもの”?」

「はい、白い封筒の手紙なんですけど…練習前そこの机でファイルに挟んだ筈なのに、無いんです。鞄もロッカーも見たんですけど…」


しゅんと肩を落とす後輩の言葉に、今吉はうーんと腕を組む。


「言うても紙やからなぁ…机から落ちてどっかの隙間に入ってしもたっちゅう事もあるで」

「そうですよね…」

「ほな、まぁ…ワシはそっちのロッカーの下とか見るわ。ミョウジはそこの椅子の間らへん見てみ」

「え…」

「一人でよう見付けんのやったら、手分けしたらええがな」


そんな、いいんですか。

そう言い終わる前に、ふっと薄く笑みを残した今吉はさっさとロッカーを見に行ってしまった。
初めて会った頃から変わらない、いつも助けてくれるその背中にしっかりとお礼を言って、ナマエも椅子の方に向かう。


「ちなみに聞くけど…探してんのはもしかしてラブレターか」

ゴンッ!

「…当たりか」


動揺したナマエが頭をぶつけた音に、今吉はくっくと笑った。


「わ、笑わないで下さいよ…!ラブレターなんて私、生まれて初めて貰ったんですから!」

「初めてなん」

「…私は今吉先輩みたいにモテないんですよ」

「ふぅん…?でもワシかて好きな子にはモテへんで。頑張って好かれようとしてんやけどなぁ」


中々難しいわぁと聞こえる声に、意外な思いでナマエは顔を上げた。


「今吉先輩、片想いなんですか。モテるのに…こないだも部活終わりに告白されてたでしょ」

「まぁ…誰でもええ訳ちゃうからな。こっち向いて欲しい子の為に、らしくなく頑張ってるとこや」

「そうなんですか…」


ラブレター1通で右往左往している自分とはえらい違いである。
こんなに優しい今吉先輩に好かれるなんてどんな人だろう?幸せものだな…。
ぼーっとそんな事を考えているナマエに、今吉が切り返す。


「…そう言うミョウジは?どうすんの、返事」

「えっ!?」

「えっ!?て自分…ラブレターなんやから、返事要るやろ?まぁその気なかったら無視でもええかしらんけど」

「無視はちょっと…」


そう言われて、初めてナマエは考えた。

返事。返答。イエスノー。

正直クラスも違い、話したこともほとんど無く、顔がうっすら思い出せる程度の相手である。
好きとか嫌い以前の感情しかない。

けれど…


「会って、みようかな…」

ぽつりと呟く。

「よく知らない人ですけど、私なんかを好きって言ってくれるなんて有難いし、私も好きになれたら…恋人、が出来るかもですし…」

「………へぇ」


頬を染めるナマエの横顔をちらりと見て、今吉は奥歯を噛み締めた。


「ミョウジは恋人が欲しいんか」

「まぁ、人並みには憧れます…一緒に帰ったりとか、デデデデートとか…!」

「デートな…例えばどこ行きたいん」

「えー…!そうですね…ベタに公園とか映画とか水族館とか?ほら、こないだ近くに水族館出来たじゃないですか、あそこカップルで手を繋いで回り切ると出口でチャームくれるらしくって…」

「ミョウジは、よう知らん奴と手ぇ繋いだり出来んのか」


思いがけずヒヤリと冷たい声に、ナマエは驚いて言葉を切った。
振り向くと今吉が自分を見下ろして立っている。


「今吉先輩…?」

「手ぇ繋ぐだけで済まんかもしらんのやで。キスとかもしてええの?この、なんちゃら君と」

「あ…っ、あったんですね!」


顔の前でひらひらと動かされた今吉の右手には、正に探していたラブレターが握られていた。
だが反射的に伸ばしたナマエの手から、それはひょいっと遠ざけられる。


「聞いてることに答えてや、ミョウジ。でないとコレは返したられへんわ」


今まで聞いたことのない今吉の冷たい声に戸惑いながらも、ナマエはよく分かりませんと素直に答えた。


「キ、キスとかそんなの…考えたこと無かったので…」


真っ赤な顔で恥ずかしそうにもごもごと言う彼女に、今吉は溜め息を吐いた。


「はー…えらい失敗やわ」

「…?」

「かわいいかわいいで優しぃし過ぎたんかなぁ」


不安気に自分を見上げる顔を覗き込むと、今吉はその目の前で“大事なもの”らしい手紙を破り捨ててみせたのだった。





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