El Dorado!1

□さよならします
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“もうやっていけません”

これではあまりにも後ろ向きというか、悲壮感が漂いすぎるか…。


じゃあ“お世話になりました”?

…どちらかと言うとお世話した側なので却下。



“さようなら”恋人か。

“探さないで下さい”蒸発か。

“また会う日まで”卒業か。



あまり暗すぎてもいけないが、決別を匂わす程度には重く、冷た過ぎず前向きさも感じさせるようなご挨拶で。
そんな風に考え過ぎて段々訳が分からなくなった結果。



“もうやっていけない感じがしないでもないです。
また会う日が来るか来ないかで言うと来ないっぽいですので、探さないで、前向きに、頑張る気持ちとさようなら。  ミョウジナマエ”


そう書き置いて、私は寮を出ました。


















取り敢えず持ち出した大きめのボストンバックを抱えてふらふらと中庭のベンチに腰掛けると、どっと疲れが出た。
これまでの約3ヶ月を思えば、社会の荒波を生き抜く中間管理職のような溜め息が出るのも致し方無いと許して欲しい所である。


「あれっミョウジじゃーん!どったのそんな暗い顔してぇ!」


ナマエがそんな風にせっせと肺の空気を吐き出して項垂れていると、本館の方から小金井と水戸部が歩いてきた。
のんきに手を振る小金井に、水戸部が慌てた様子でナマエの足元を指す。


「え?なに水戸部、ミョウジの荷物?」

…さすが水戸部君、よく気が付く男。

「うわミョウジ…何そのでっかい鞄…」

「……家出を、しました」

「あぁなんだ家出ね、いぃ家出えぇぇぇーー!?」


飛び上がる勢いで驚く小金井と水戸部、目を逸らすナマエ。

その間を、初夏の爽やかな風が吹き抜けていった。






*****



「…ありがとう、水戸部君」

ふるふると首を振る水戸部にナマエは力無く微笑んだ。
手渡された冷たいお茶を喉に流し込んでようやく一息つく。


「んでどしたのさ?家出って、寮を出たってことだよね?」


どうすんの、単位。

隣に腰掛けた小金井の問い掛けに、うっと詰まったナマエの目に涙が浮かんだ。



有望なスポーツ選手の育成と支援に力を入れるこの大学が、スポーツトレーナー養成コースを新設したのは去年の事である。

その第一期生として入学したナマエは、充実した設備とカリキュラムに大変ながらもやり甲斐を感じ頑張ってきた。
努力の甲斐あってか成績も中々良く、優秀者の特別制定科目で単位をきちんと取れば、留学してより高度な技術を学べるチャンスも与えられている。


……だが今は、その特別制定科目が問題であった。


“割り振られた担当寮で選手と共に暮らし、24時間体制で生活管理をすること。またその観察により、運動以外の生活が個々の能力に与える影響を論ずること”


ナマエも去年の段階では、大変だが選手の精神・肉体をより深く学べる有意義なカリキュラムだと思っていた。……のだが。


「去年は留学目指して頑張ってたじゃん!そんな大変なのか?ミョウジの寮って」

「大変というか…もう……酷いです」


ゴトンッ!

ナマエの声のあまりの暗さに、水戸部が手からペットボトルを落とした。
何があったんだと心配そうに無言で問われ、重い口を開く。


「……幼稚園なんです」

「え」

「朝は必死に起こす仕事から始まって食事は勝手につまみ食いするし、夜は夜で中々寝ないし…!
お菓子もっとないのっていきなり部屋に入ってこられたり、お風呂上がりにもうちょい胸でかくならないのかって溜め息吐かれたり、話しかけても今日は相性が悪いから話したくないのだよって無視されたり、この表紙の俺どうスかって遅くまで雑誌読まされたり…みたいな事が起こり続けて自由時間0どころか勉強時間すらマイナスな毎日です」


「「・・・・・・・・・」」


遠い目をして一気に吐き出したナマエに、小金井も水戸部も青くなって言葉を失った。


「多分、一つ一つはそんなに大したことじゃないと思うんですけど…こうも重なると色々削られちゃって…。いや私の時間配分が悪いのは分かってるんですけど、この間あったテストの結果も…うぅ」

「あー…。えーっと…何て言えばいいか…誰か怒る奴とかいねーの?」

「黒子君と氷室君は気付いたら諫めてくれるんですけど、それぞれが個人的に各自で問題行動をとってるので常に見張る訳にも…しかも注意してくれたせいで、そんなこと言うテツヤなんて知らない!とか言って赤司君は部屋に引きこもっちゃうし…殺伐です、殺伐」


もうどうしたらいいか…顔を覆って頭を振るナマエ。
想像以上の惨状に可哀想すぎて泣きそうな2人は、その肩をぽんと叩いた。


「まーとりあえず、うち来なよ」


そう言ってくれた小金井と、うんと力強く頷いた水戸部。


「…っあ、ありがとうぅ〜…!」


ナマエは2人の優しさに、遠慮なく泣きついたのだった。





 

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