NOVEL
□寵愛致します、どこまでも
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相変わらず口煩い本部のジジイどもの話を延々と聞かされてやっと自室に戻ってこれた春の昼下がり。
会議が始まったのは朝ではなかったかと脳が記憶を掘り返し始めている。
なんて気分の悪い一日だろう。こんなに日は穏やかなのに。
部屋にふわふわと入り込んでいるその光の先を辿ると、見慣れた銀が零れていた。
「…ドカス」
長身をばったりとソファーに預けている剣士を、とりあえず呼んでみる。しかし返ってきたのは規則正しい寝息だけだった。
本格的に寝てやがる。
「おい、カス鮫。起きろ」
手の甲で頬をぺしぺし。
せっかく俺が丁重にしてやってるのにこいつは眉一本動かさない。
窓から流れ込む春風にぶるりと体を震わせるやつに、女ならベッドに運んでやるのだろうが、生憎こいつは男だ。仕方がないので肩に羽織っていたコートをばさりと乗せた。重い男を運んでやるほど俺は優しくない。
この鮫は、細身で色素の薄い見た目の割りに体重がある。筋肉が脂肪より重いからだ。
見るからに余分な脂肪のない(いや、必要な脂肪もないだろう)身体は、必要最低限の筋肉しかついていない。
剣士はその身でさえも武器だ。
剣を振るのに大きな力を使うくせに、それと同時にすばやさも要する。余計な筋肉はしなやかな動きを固くさせ、かえって命取りになる。
そういった意味で、剣士は肉体作りが難しい。
その意味ではこの部下は完璧な筋肉比率を誇っていた。その身から繰り出される剣筋は、がさつささえ感じるほど力強いのにしなやかで美しい。
またふわりとカーテンをなびかせて風が頬を撫でた。
僅かな風でも反応する銀から覗く、そんな荒々しい姿を微塵も思わせない穏やかな寝顔に会議で荒れた心が和やかになっていくのがわかった。
(こいつはいつでもいるんだ)
8年前だって、昨日だって、今だって。
(そしてどこまでもついてくるのだろう)
「…早く起きねぇと、行っちまうぞ」
いつまでも起きる気配のない部下に、叩き起こそうかと手を伸ばす。
けど、それが出来ない自分を見て心の隅でひっそり笑っている自分がいるのだ。
行き場をなくしたその手は、ふわりと漂う銀を撫でた。
寵愛致します、どこまでも
(ほら、春のにおいがする)