NOVEL

□魔王、復活
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ふあー、とスクアーロは欠伸をした。
別に暇というわけではない、いや、スクアーロにとって彼のいない世界には暇という概念すらなかった。

彼が身動きをするだけでふさふさと反応する腰まで届く異常な程長い髪は、手入れされ切っていて一本の歪みなくギラギラと輝いているが、その下に覗く髪と同じ銀灰色の瞳にはどことなく闇が潜んでいた。


彼は己の左手と傍らの剣を交互にじっとりと眺め、ゆっくりと目を閉じる。

暗殺者として洗練された脳を駆け巡る彼の面影、体温、仕草、癖、
そして――


「――っあ…」
スクアーロの目が勢い良く見開かれた。心なしか元より白かった顔色が青ざめている。
素早く立ち上がり手短な壁へ近づいた彼はそのまま壁へ頭を打ち付けた。ガツリと予想どおりコンクリートの鈍い音が鳴った。

かつて彼の主に唯一為り得た彼がいた頃よく聞いた音。残念ながら発していたのは今も昔も自分の頭だ。
じわりと睫毛に何かがかかるのを感じた。ぽたりと真っ赤な血が床へ落ちていく様を、スローモーションのように視覚が察知した。
痛みとともに蘇る記憶。彼の、声。

(ああ、よかった)


いつか同僚の金髪の子供が言っていた。『人が最初に忘れるのは“声”なんだ』と。彼が、王子もゴキブリの声なんて微塵も覚えてないやと言っているのを余所に、スクアーロは思った。オレもあいつを忘れるのかと。
なんと恐ろしい考えだった。オレがあいつを忘れるなんてありえない。しかし人間は古い記憶を棄てていかないといつか壊れてしまうのだ。


しばらく壁の前で静止していたスクアーロは、滴る血を無造作に腕で拭った。そうだ、彼の瞳もこの血のように赤かったと思った。


「なぁ、ザンザス……早くしねぇと、忘れちまうぜ…」


ただっ広い彼の自室にその声はやけに虚しく響き、消えた。




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