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□五万打記念小説
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ノックの後に扉を開いたはいいが、そこからまたしてもスクアーロの足は動かなくなる。
「…」
執務机についた主の視線を感じ、のろのろと近づく。スクアーロの記憶の中のザンザスならば遅いと痺れを切らして灰皿の一つでも喰らわせてくるのに、何もしない、何も言わない。顔を上げられぬまま一歩ぶんずつ距離が縮まる。
結局互いに何も言えず、机をはさんで向かい合う距離になる。
ザンザスの姿は視界に入っているものの、その眼を見るのがこの上なく難しく感じる。自分の体が強張っているのを、スクアーロは自覚していた。
「…報告書、四件」
右手で掴んだ書類の束を、やはり顔を上げぬままスクアーロは差し出した。
自分では普段と同じだと思った声だが、実際には囁き程度にしか空気を震わせていない。今すぐ走って自室に逃げ帰りたい欲求を抑え、下唇を噛む。早く、ザンザスに何か言ってほしかった。なんでもいい。
沈黙に耐えかねたスクアーロが何を言っていいか思いつかない状態で口を開きかけた時、机の上で動かなかった傷痕の目立つ手がゆっくりと動いた。
受け取られない報告書を持った白い右手は、依然として突き出された状態で固まっている。
そして、ザンザスの手は書類の端を通り過ぎて、その白い右手にそっと触れた。
戸惑うスクアーロを余所に、冷たい指先、青く血管の浮いた手の甲まで、大きな手に覆われる。
温度がじんわりと伝わって、強張った体にザンザスの温度がしみこむ。
「…少し、痩せたか」
スクアーロに向けてというよりは、確認するような小さなザンザスの呟き。
「…あんたも、なぁ」
つられるようにしてスクアーロも呟く。
まるでそれが合図だったかのように、視線が通い合った。
何から伝えていいか分からない。何を伝えたらいいのかも、まだ分からない。
だから、まだ言葉にすることはできないが、それでも。
目の前に、求めた人がいる。
それだけは、確かに言えることだった。
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