ワートリ夢

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アフトクラトルによる大規模侵攻が開始する少し前の事。

玉狛支部のお子さまこと陽太郎よりも少し年上の最上さくらは、三門市内の小学校に通っている。玉狛から小学校までは距離があるので、林藤か木崎が車で送り迎えしていた。
授業が終わり、今日は林藤がさくらを連れて玉狛に戻ってきた。リビングには修と遊真、千佳が揃っている。さくらはランドセルを背負ったままリビングに駆け込んだ。

「ただいま!」
「わ、びっくりした。おかえり」
「おう、おかえり」
「おかえり、さくらちゃん」

三人に迎えられて、さくらはにっこりと笑う。修達が玉狛に来るようになってまだ一ヶ月ほどしか経っていないが、さくらは真面目な修も、面白い遊真も、優しい千佳も大好きになっていた。

「今日はみんないるんだね。遊真くんと千佳ちゃん、本部に行かなくていいの?」
「訓練は夜からだから、今はのんびり休憩中」
「わたしも夜からなんだよ」
「そっか」

正式にボーダー隊員になった遊真と千佳は、本部での合同訓練が忙しくて玉狛に顔を出せない日が増えていた。二人が隊員になった事はさくらも嬉しいが、頻繁に会えないのは少しだけ寂しい。
それだけに今日会えたのが嬉しくて千佳の隣に座ろうとしたが、背中のランドセルが音を立てて背負いっぱなしだと告げてきた。慌てて立ち上がり、部屋へと向かう。

「ランドセル置いて手洗いうがいしてくる!そしたらちょっとだけ遊んでね!」

ちょっとだけ、と言うのはさくらなりに気を遣った結果の言葉だ。遊真と千佳は連日の訓練で疲れているだろうし、修もB級に上がったばかりで色々と覚える事が山積みだろう。
年齢のわりに大人びた少女は、少しのわがままを許してほしいと祈りながら部屋にランドセルを置いた。




お菓子を食べつつ、互いに近況を報告し合う。
さくらが給食で嫌いなものが出たけど頑張って食べたと話すと、遊真は小学校は弁当持って行かなくていいのか、と大袈裟に驚いた。その様子が可笑しくて声を立てて笑っていると、リビングのドアが開いて林藤が顔を出した。

「さくら、ママから電話入ってるけど出るか?」
「え!?出る出る!」

ソファーから飛び降りたさくらは、林藤から渡された携帯端末を耳に当てた。

「ママ?」
『さくら、久しぶり。元気?』
「うん、元気だよ」

端末の向こうから聞こえてきたのは間違いなくさくらの母、最上あやめの声だ。海外からの電波なのでややノイズが混ざっているが、約二ヶ月振りに聞く母親の声に自然と笑みが零れる。

『一番大きな仕事は終わったから、もうすぐ帰れそうよ。ごめんね、いつもほったらかしで』
「ううん、お仕事だから仕方ないもん。頑張ってるママはかっこいいよ!」
『ううっ、さくらの声援があるからママは頑張れる…!』
「帰ってきたらいっぱいお話ししようね。それまでちゃんといい子にしてるから」
『うん、うん、さくらはいつだっていい子だよ〜。今すぐ帰って抱き締めたい!』
「ママ、お仕事」
『あ、はい、頑張ります』
「しっかりね、ママ」
『ありがと、さくら』

短い会話を終えて林藤に端末を返したさくらは再びソファーに座る。隣の千佳が興味深げに尋ねてきた。

「さくらちゃんのママって、確か林藤さんの妹さんなんだよね?」
「うん。外国でお仕事があるから、こっちにはあんまりいないの」
「そうなんだ…」

まだ7歳のさくらが母親と離れて暮らしている事に、千佳は僅かに表情を曇らせてさくらの体を抱き締めた。

「千佳ちゃん、どうしたの?」
「うん、ちょっとね、さくらちゃんをギュッてしたくなったの」
「ふぅん?じゃあ、さくらも千佳ちゃんをギュッてする!」

千佳に抱きついて笑うさくらの姿に、修と遊真は「姉妹みたいだ」と思いつつ立ち上がり、千佳の腕の中にいるさくらの頭をよしよしと撫でる。
さくらは「修くんと遊真くんもどうしたの?みんな変なのー」と不思議そうにしながらも、抱き締めてくる千佳の腕も、頭を撫でる修と遊真の手も振りほどく事なく、大人しく座っていた。




この微笑ましい光景を密かに録画していた林藤は、まだあちこちを奔走しているあやめに送りつけた。
すぐさまメールで返事が届く。その内容は『うちの娘がモテモテだ!!!!』だった。






2015.7.30.

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