ワートリ夢

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三門市にボーダー本部が設置されて一年が経った。
近界民誘導装置は順調に機能していたが、どうしても取りこぼしが出る。三門市以外の土地での近界民被害対策に、自ら志願したのは最上あやめだった。
現地に直接赴いて被害状況の確認や、万が一トリオン兵が出現した場合は殲滅する。そんな危険な任務を単独で行うと聞かされ、林藤も忍田も大反対した。
しかし「こんな任務をこなせるのは私くらいなものでしょ?兄さんと忍田さんは三門市を守ってちょうだい」と押し切られ、その後、城戸の了承を得て複数の被害地点に向かう事となった。

出発の日、本部の前には林藤と忍田、迅、木崎、そしてあやめの娘であるさくらが見送りに来ていた。

「わざわざ見送らなくていいのに…」
「そう言うな。みんなお前が心配なんだよ」
「心配って……子供じゃないんだから」

林藤の言葉に僅かに顔を歪めたあやめに苦笑しつつ、忍田が手に持っていた携帯端末を差し出した。

「ゲート発生感知装置を搭載した端末だ。間に合って良かったよ」
「ありがとう。無茶言ってごめんね」
「無茶はお前の方だろう。くれぐれも気を付けてな」
「うん」

携帯端末を受け取り、忍田の後ろに立っている二人を呆れ笑いで指差した。

「ちょいとそこの学生さん達、今日は学校サボりですか〜?」
「学校には任務って言っといた」
「俺はこれから本当に防衛任務です」
「あ、レイジさんずるい!」

大袈裟に声を上げる迅と、静かに目を逸らす木崎。対照的な二人の姿が可笑しくて、あやめは笑みを漏らした。

「ほんっと悠一は仕方ないなぁ」
「全くです」
「ちょっと、おれだけ駄目な子みたいに言わないでくれる?」

不機嫌顔の迅を中心にして笑いが起きる。ひとしきり笑った後、あやめは迅と木崎の髪をわしゃわしゃと撫で回した。

「わ、ちょ…っ!」
「あやめさん…?」
「悠一、レイジ君、見送りありがとね。あんた達も頑張って」

二人は顔を見合わせた後、あやめに向かってしっかりと頷いた。
大事な後輩二人から離れたあやめは、林藤の側にいる愛娘に手招きをする。

「さくら、おいで」

名前を呼ばれたさくらは、その名の通り花が咲いたように笑い、母親に駆け寄った。まだ4歳の愛娘を抱き上げたあやめは、小さな体を優しく抱き締めて髪に頬を寄せる。

「行ってくるね」
「うん。いってらっしゃい、ママ」
「匠おじちゃんや忍田のおじちゃんの言う事をちゃんと聞いて、悠一とレイジ君にいっぱい遊んでもらってね」
「うん!さくらね、たくみおじちゃんもしのだのおじちゃんも、ゆういちくんもレイジくんもだいすき!」
「ん。いい子」

柔らかな頬に軽くキスをしてから、林藤の腕の中にさくらを預ける。
幼いながらも聡いさくらは、母親が危険な任務に向かう事に気付いているのだろう。心優しく強い愛娘を誇らしく思いつつ、見送りの面々に背を向けた。

「じゃ、行ってきます」

軽く手を上げて歩き出す。後ろを振り向く事は、なかった。




こうして最上あやめの主要任務は始まった。単独での過酷な任務でありながら、あやめはつらいと感じた事はなかった。
一通り各地を巡った後は、大切な人達が待つ三門市に戻る。さくらが、林藤が、忍田が、迅が、木崎がいる三門市は、自分をあたたかく迎えてくれるかけがえのない《居場所》だった。

一人での任務は、決して孤独ではなかった。






2015.7.25.

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