捧げ物

□紫煙は空には届かない。
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この文章は晶さまからの頂き物のおまけに更に繋がる話となっております。
なので、是非そちらを御覧になってから読むことをお勧め致します。
晶さまのお宅にはリンクから行けます。

そして晶さまの超素敵絵のイメージを音子の駄文でぶち壊されたくない方は、急いで逃げてください。今ならまだ間に合います。







音子は以下の文章を晶様に捧げます。



何か知らんがぼろ雑巾みたくなった影崎を病院に担ぎ込んだ日の夜。
外を彷徨いていれば、何だかとても健康そうな影崎がいた。


「……いやまてまてまておかしいだろこれ」


出血だくだく肋骨べきばき左腕の骨ぐしゃぐしゃでぶっ倒れた上司が左腕を吊っているとはいえ包帯ぐるぐるとはいえ、ふつうにダークスーツで外を歩いてるんだがどうしよう。しかも何か顔色良い。何なんだこいつ、影崎2号とか言ったら殴るぞ。
混乱する圭をよそに、影崎も気付いたらしくいつも通りに礼をした。


「今晩は。先程は大変御世話になりました」

「……お、おう……いや待て、何で、」

「病院は面倒なので」

「な、」

事もなさげに発された言葉に反論しかけて口をつぐむ。
ああそうだ、こいつにとって病院は危険だ。恨まれている人間にとって、病院という場所はあまりにも。
じゃあこいつは、何処へ行けばいいと言うのだろう。


「なので、家に帰ろうかと思いまして」


その発言に違和感を覚え、影崎の様子を観察する。ひどく健康的な顔色。心無しかいつもより……否、いつもと違い、光を宿す目。推測、合点。続く行動は、確認。
歩み寄る、訝しげな顔、無視して接近。

ぺたり。

額に触れる。
案の定。

ため息を落とす。深く、重く。地面に穴が開きそうだ。その前に胃に穴が開きそうだ。


「どうか致しましたか?」

その質問には答えず、頬を軽くつねってやる。
当たり前だ、左腕複雑骨折したんだ。肋骨も折れてる。切り傷やら擦り傷やらも身体中にあるし、過労もひどい。ならば、当然のことだろう。

案外やらかい頬は、炙られたように熱い。


「……何が、家に帰ろうかと思いましてだ、ぼけ」


細い髪をぐしゃぐしゃにしてやる。こて、と首を傾げる動作もどこか緩慢。これは相当きてるらしい。


「こっちは俺ん家だ」


手を影崎の頭の後ろに回し、熱い額を自分の肩に押し付ける。それだけで上司の膝が崩れた。半ば予想していたことなので後ろ襟を掴み持ち上げれば、艶々した目で見上げられた。熱に潤んでいるらしいその目には、ただ疑問。どうやらこの馬鹿は、自分が熱を出していることにすら気付いていないらしい。

圭はもう一度嘆息した。影崎はもう一度首を傾げた。首の傷に響きそうだったので叱った。






部屋の中に入れて、影崎をベッドに座らせて、目線を合わせる。しかし焦点が合わない。何処と無くぼんやりしている。

「よく聞け。いいか、お前は熱が出ている」

自分の台詞の間抜けさに圭は少し泣きたくなった。

「……そうなんですか?」

上司の返答の間抜けさに圭はかなり泣きたくなった。生理的に今にも泣きそうな上司を見たら引っ込んだが。あー、こいつの目がうるうるきらきらしてるって何か凄い違和感。俺今超貴重なもん見てるかも。


「そうだ、だから抵抗せずに大人しく看病されろ」

「……何故、看病など」

「それ以上言ったら怒るぞ」


自分が発熱していると分かっていて尚理由を問うてくるとは、いい度胸してんじゃねえか。全くこいつは、本当に俺を苛つかせるのが上手い。
何だかぷちんときた圭は、そっとジャケットを脱がす。傷、特に吊られた左腕を出来るだけ刺激しないように、丁寧に。優しいと表現してもいいような手つきに、影崎の顔が疑問に曇るのを見て、少しせいせいする。少し迷って、シャツは諦めることにした。明日様子を見て着替えさせよう。下は圭の部屋着を適当に渡せば、余った裾を踏んで転んだので、笑いを堪えながら支えてやる。すいません、と言う声は掠れていて、少し罪悪感。
ベッドに放ればいい加減限界らしく、くたりとして目を閉じた。適当に布団でもかけてやれば、億劫げに開く。

「いい、寝てろ」

眩しげなので目を覆ってやれば、一分と経たずに多少なりとも苦しげな寝息が聞こえてきた。ああやっぱり辛かったんだよなぁ、とか思う。
自信が無くなるときが全く無いわけではない。本当は本当に、こいつは痛くも苦しくもないんじゃないか、とか。俺の笑える、というか笑われる勘違いじゃないか、とか。考えたことも、ある。こいつときたら、痛くても痛いときの顔しないから。
でもやっぱり浅くて速い寝息は苦しそうで、圭は流石に悪いとは思いつつも、ほっとしてしまった。
人間ほっとしたら、眠くなるものだ。
そうしてその日石動圭は、生まれて初めて床で寝た。







よくない夢を見た気がする。
血腥い夢を。




夢が夢であったと確信するのに、これ程の時間をかけたことが、今まであったろうか。
否、否、否。
どうでもいい否定で脳裏を塗り潰していれば、曖昧な夢の情報は速やかに削除されたらしく、ただおそろしい夢であったことが記憶に残されていた。
身体中が痛い。あれ、何で床で寝てんだ。
疑問はベッドの上に丸まった影崎を見て氷解。悪夢を見た理由も、何となく分かった。
食欲が失せる程の血の匂いも、ぴちゃりと鳴る自分の足音も、圭はすべて鮮明に覚えている。ごみみたいに転がってる影崎も。
轢かれた猫を圭は連想した。あんなにも鮮やかに赤いのに、誰にも気づかれていなかった。それなのに、弛緩した手足は、柔らかく閉じた瞳は、ぞっとするほど穏やかで。
眠っているような、あるいは。

あるいは。



「……、……」



怖かった。誰に看取られることもなく、手当てすらされないまま終ろうとしている影崎が、ひどく安らかな、何一つ不満の無いような顔をしていられることが、怖くて怖くてたまらなかった。気持ち悪かった。寒気がした。あんなにも孤独な状態で満足できる存在に鳥肌が立った。
同時に腹立たしくもあった。
その無欲さが、圭には堪らなく腹立たしかったのだ。

「……あー、ったく」

携帯を開く、溢れた光が映す時刻を、圭は見間違えたかと思った。しかし窓を見れば外は明るい。床の割には案外良く眠れたらしい。ベッドの影崎を覗きこめば薄く目が開かれていて少し驚く。暗い瞳がこっちを向いた、けれど焦点がこの世に合っていない。それは眠気のせいだけでは無いだろう。

「まだ寝てていいぞ」

しかし影崎は少し首を振り起き上がろうとするので、肩を軽く押し戻す。あっさり戻せた布越しの熱が気になって、湿った前髪を分け額に手を当てれば、じゅっと鳴りそうな程の熱に思わず手を離す。舌打ちをしかけて止めた。いくら影崎といえども病人に聞かせるものでは無いだろう。
影崎は力の抜けた自らを不思議がるように首を傾げる。痛んだのだろう、益々不思議そうに首の包帯に触れて、ああ、と納得したような声を漏らした。そして今度は俺の頬によわく触れてきた。確めるような触れ方なので好きにさせとく。

「……いするぎさん?」

「ああそうだ石動さんだ、そんでお前は影崎。怪我人。だからうちで寝てる。分かるか?」

「……は、……、」

い、は音にならなかったらしい。喉を痛めているのか。
それでも声を出そうと開閉する口を手で覆う。息が熱い。焼けた銅を飲んだかのようだ。

「いい、声出すな。頷くか首振れ。首痛くない程度にな」

素直にこくりと頷く影崎に満足して、圭は影崎の頭を荒く撫でつつ続けた。


「仕事は休むって連絡入れとくから」


ふるふると首を振る影崎を、圭は小一時間程説得した。
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