紀章
□我慢強い彼女と我儘な僕
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仕事が終わって携帯を確認すると雛姫から「暇になったら電話下さい」とメールが来ていた。
現在ツアーの真っ最中なので多忙につきお久しぶりなご連絡だった。
雛姫は俺が忙しいのを察してツアー中に自分から電話をかけてきたりはしない。
『お疲れ様』とか『体に気を付けて』とか『ちゃんと休んでね』だとかの優しいメールをたまに送ってくるだけだ。
俺も時間が空いた時にメールをするのだが雛姫の就業時間外のレスポンスの速さに胸が締め付けられる。
俺からのメールを待ってた?
電話をかければ3コール以内に出て明るい声を聞かせる。
なかなか会えなくてごめんなって。
言いかけてやめる。
そんなことを言っては彼女を余計に寂しい女にさせてしまうのが解るからだ。
もっと連絡が欲しいだとか会いたいという我儘を一度も言わない雛姫がいじらしい。
俺の体を気遣う言葉だけをくれる。
そんな雛姫が「電話が欲しい」と言っているので何か用事があるのだと推測できる。
さっさと片付けをして、スタジオを出ると同時に愛おしい彼女に電話をかけた。
「お仕事終わったのー?」
2コール目で雛姫が電話に出た。
「終わった。」
「お疲れ様でした。」
「雛姫もお疲れー。」
「月曜はなんかメンタルがキツイんだ。これOLあるあるね。」
「あーそうなん?」
「金曜の午後はテンションがハイになるのです。これもOLあるある。」
「よしよし、頑張った頑張った。」
「優しいー。」
久しぶりの会話なのにまるでさっきまで一緒にいたみたいに話してくる。
きっとこれも雛姫の気遣いなのだと思う。
「そういやお前、なんか用事あるんじゃなかった?」
「あ、そうそう。例のお取り寄せの話ー。」
「あぁ。アレ、ついに来たの?」
最近俺たちはお取り寄せグルメに嵌っている。
直ぐに届くものもあれば予約がいっぱいで入荷待ちの物も多々ある。
洗練された極上の贅沢品とお手軽な流行りの品を月に一つずつと決めて厳選する。
注文する数を決めた方が商品への期待が高まって絶対にいいと雛姫が言うのでそうすることに決めた。
やってみれば確かにその通りだったので目から鱗と言ったところだ。
雛姫といると新しい発見がたくさんある。
商品の期待度や満足度はもちろんだが、雛姫の家でノートパソコンに向かって2人で頭をくっつけながらあれこれ選ぶのが楽しいのだ。
チーズだとかワインだとかハムだとかの写真とにらめっこをして煽り文句を熟読して。
美味しそうと言いながら顔を緩ませる雛姫が単純に可愛いし互いの好みの新しい発見もあってまだまだ飽きそうもない。
俺の言うアレとは、もうかれこれ3か月以上前に頼んで今か今かと待ち続けている最高級和牛ステーキっていう贅沢品の話だ。
「最短で本当は今日届いたんだけど、週末実家帰ってたからメールに気が付かなくって。だからまだ受け取れてないんだぁ。」
「あーそういや帰ってたんだったね。」
「うん。生ものだからいつ届けて欲しいか希望をメールで返信しないとダメなの。だからいつがいい?ってご相談です。」
休みが不定期だったり仕事時間が不定期だったりな俺よりも就業時間がしっかりと決まっている雛姫の家に届いた方が良いとやっていたことが里帰りというイレギュラーで裏目に出てしまったようだ。
「あーなるほど。んじゃあ週末?」
「いやいや、週末は大阪と福岡だよ?」
「あ、そうだった。」
今、ツアーの真っ最中だ。
さっきのOLあるあるとか言うの聞いて無意識に自分のスケジュール無視して雛姫にだけ合わせてしまった。
っていうか、週末が大阪と福岡だなんて俺は雛姫に話してなんかないけどね。
よくご存知で。
「じゃ、金曜は?土曜は大阪だから前乗りしねーのよ。」
なので久しぶりに会えませんかね?
「ごめん…。私、夜行バスだから金曜の夜に出てくんだ。」
「は?・・・え?は?」
「交通費ケチっちゃって…」
「あ、来てくれるってこと?」
「もちろんですけど!」
あぁ、そう。
そりゃあ嬉しいけれどなんで聞くまで黙ってるかな。
「っつか、それくらい買ってやるわ…」
「なんで?いいいい。私が好きで行くんだから。」
「いや、俺も好きで来て欲しいんだけど?」
「いいの、趣味だから。しかし楽しみ過ぎるね!土曜日の名古屋も最高だったしね!」
「は?え?来てたの?実家帰ってたんじゃなかった?」
「だから、ライブのついでに実家帰ったよ。」
なんっじゃそりゃ。
なんで今になって言うわけよ。
「・・・なんかおかしくね?いろいろ。」
「何で??」
「・・・もういいわ。」
っつかね、正月も帰ったばっかなのにまた帰るとかおかしいなとは思ってたよ。
でもお前、今の今まで行くも行ったも一言も言わないからね。
いくら忙しいのを気遣ってそっとしといてくれるっつってもね。
それはそれでどうなの?
いや、やっぱおかしいだろ。
・・・別に、いいけど、さ。
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