紀章
□寒がりの我儘
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「寒い」
紀章さんのマンションは程よく暖房が利いている。
今日は天気も良く気持ちの良い日差しが注がれていた。
私は床にクッションを置きそこに座り込んでいる。
窓辺に寄りかかって図書館で借りてきた恋愛小説を読み耽っていると同じようにソファに座って先ほどまで本を読んでいた彼がそう呟くように言った。
「そう?今日はあったかいよ。」
視線は小説から離さずそれに返事をした。
今とてもおもしろいところ、なのだ。
離れ離れになった2人が再び巡り会うかいなかの大詰めのシーン。
「寒いってば」
「エアコンの温度上げる?」
「じゃなくって、寒いの、すっげ寒い」
駄々っ子みたいだ。
紀章さんはちょっといじけたような声を出して寒いと繰り返した。
「もう、何?ココア入れたげよっか?」
「ちげーよ」
「じゃあ紅茶?ホットワイン?」
「違うっての。寒いっつってんの!」
ついには怒ったように声を荒げた。
「わかんないなぁ」
解んないことなんか、ないのだけれど。
最初から紀章さんが寒い理由なんて気が付いていたのだけれど。
私が紀章さんのマンションを訪れた時、既に彼は本を読んでいた。
それこそ視線も本から移さず私は蔑ろにされた。
丁度面白いところだったのだろう。
本を見ると真ん中より少し過ぎた当たり。
きっと起承転結の転から結に移り行くところ、だったのだろう。
私は仕方なく電車の中で読む為に鞄に入れていた小説を読むことにした。
まだ借りてきたばかりの恋愛小説だった。
お互い別々のものに没頭して時間が過ぎていく。
暫くすると当然ながら紀章さんが先に本を読み終えた。
それに気が付きはしたがその頃まさにこっちの話が面白くなってきているところ、だった。
紀章さんはテレビを付けた。
チャンネルをコロコロと変える。
やがてリモコンをぽいっと机に放り投げた。
お気に召さなかったらしい。
その後も彼は雑誌を広げてみたり携帯をいじってみたりなんやかんやを繰り返した。
が、そんなのは長くは続くわけもなく冒頭に戻る。
素直に言えばいいのに。
寒い?寂しいの間違いでしょう?
思わず口元が綻んでしまう。
その様子を見て紀章さんは眉間に皺を寄せた。
にやけてたのバレちゃった。
「雛姫・・・わざと?」
「ん?」
「気付かないフリしてんの?」
「・・・・・」
「あぁ?」
「わざとです」
「なんっだよ!ひっでーやつ」
「だって・・・可愛いんだもん」
「聞こえてるっつの!」
語尾を小さく濁したけれど紀章さんの耳にしっかりと届いてしまった。
だって可愛いから。仕方ない。
視線は小説に注がれていてもさっきから1ページも1行も1文字も頭に入らない。
紀章さんのことで頭いっぱい。手一杯。
「酷い女」
「そういう雛姫が好きなんでしょう?」
「・・・ざけんな」
いつも自分が言うくせに。
「そういうきーやんが好きなんでしょ?」って。
自信満々に。
くくって喉の奥で笑って。
それを真似しただけなのに。
「ほら、ちゃんと言いなよ」
「バーカ。言えるか。」
プイってそっぽ向いたって照れちゃったのバレバレだから。
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