達央

□恋人未満
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「あい、乾杯。」

「乾杯。お疲れ様。」

2つのジョッキがカチンと鳴る音が目の前の黄色い炭酸をより美味しく感じさせた。

口をつけて一気に半分くらいを喉に流し込んだ。

真正面に座っている雛姫も俺と同じタイミングで口からジョッキを離し「ぷはー」と色気のない声で味を褒め称えた。

「お疲れ。」

「くーっ今日も暑かったからさぁ。」

「すっげー飲めそうっつんだろ?」

「そー。さすがぁよくお解りで。」

「だって俺もそーだもんね。」

「飲み放題最高!も、ちょっと次頼もうよ。」

「じゃあ1回ピッチャーにせん?」

「ええねええね。飲も飲も!」

色気のねー女。

けれど美味そうに飲んで笑ってる顔は可愛い。

ほんのり色付く頬や光る唇はちょっとドキリとする。

それが酒によるものと付きだしの揚げ物によるものだとしても、だ。

友達以上恋人未満。

こいつとはそういった関係だ。

もう、長いことそうしてる。

仕事の仲間うちで飲みに行っていただけの関係から2人きりでも行くようになってどれくらい経っただろう。

俺から連絡して会うこともあればこいつから誘ってくることもある。

友達。

って俺は思ってない。

それ以上。

多分こいつも、そう。

の、はず。

そういう空気感。



いろんな話をする。

仕事の話、嬉しかったこと、悔しかったこと、面白かったこと。

酒を飲み交わしながら互いの愚痴も聞き合って慰め合って励まし合って。

こいつの隣は驚くほどに居心地が良い。

気取らなくていいし変に気を遣わなくても良い。

表情が豊かで会話の引き出しも多い。

俺の話もじっくり聞いてくれる。

サバサバしていて性格は女子っぽくない。

けれどさり気なくおしゃれ。

爪とかアクセとかメイクとかちゃんと女子してる。

自分の意見はしっかり持っていてぶれない折れない。

そのくせ俺を男として立ててくれたりもする。

なんだこいつ、すっげーいい女。

最初は全部自分のモノにしてーって思ったりもしたんだけれど。

ずるずる、中途半端。

今の関係で満足しちゃってるから?

こいつが色気のねー話題ばっか振ってくるから?

否、やっぱし俺に意気地がねーからか?

だからもう長いこと友達の仮面を付け続けてる。

よくよく思い返せば出会った時からもう惹かれていた。

だから友達だと思ったことなんか一度もない。

一体、いつまで?

でもこのポジションは絶対に失くせない。

やっぱし結局、そういうこと。



「ねぇねぇ明日って仕事早い?」

「いや、昼過ぎから。」

「私も。じゃあお互い良かったね。今、台風来てるんでしょ?」

「あー。ここ来るとき雨やばかったわ。」

「だよね。電車?」

「うん。お前は?ここって最寄りだったよな?」

「傘さして歩いてきた。風で折れるかと思った。」

「徒歩圏内なん?家近に美味い店あるっていいよなー。」

「でも居酒屋に一人であんま入んないよ。」

「あーそうか。」

「私、基本は自炊してるもん。」

「お、マジか。すげーじゃん。」

くっそ。

またこいつのポイント上がった。

なんかダメなとこねーのかよ、この女。

っつか惚れた弱みか?

ジョッキで一気飲みして泡髭作ってんのすら可愛いーんだけど?

待て待て、俺。

そんなもんおかしいやろ。

それはマイナスポイントとして計上するとこだろ。

何を加算してんだっての。

「でも最近は暑いし作るのめんどい時もあるや。」

「じゃ定期的に飲みに行こうぜ。」

「わーい。」

さり気なく会える回数を増やしちゃったりして。

なんだコレ。

なんだ俺。

「あー、うちの最寄り駅んとこにも美味い店あるから今度はそこにせん?なんかねー煮物とか美味かった。」

「いいよー。へぇ楽しみだなー。」

素直に頬を緩ませるところとかがさ。

ジョッキ煽ってぐびぐび飲んでるところすらもさ。

あーあ。

完璧に堕ちてる。

何やってもどんな表情でも可愛いなんてそんなの盲目。

恋は盲目。

「食いしん坊。」

「えぇ?そんなん、そっちやん。」

「そーだよ。俺も、お前も。」

「私、たつ君程じゃないと思う!」

「お前、もぐもぐしながら言っても説得力ねーからな?」

「だってコレ美味しいよ。食べてみ?」

そう言いながら串に刺さったつくねを俺の口元に向けてくる。

4つで1串だったつくねがこいつが食って3つになってるやつを。

って頭に過ったら口を開くのを躊躇ってしまった。

こんなん、ぜんっぜん普通のことなのに、なんなの。

今日の俺、おかしい。

だってなんか、今日の雛姫はいつも以上に可愛く見えるんだけど。

服とか?メイクとか?髪とか?アクセとか?

仕草とか?視線とか?

なんかわかんねーけどすげードキドキすんだよ。

「どしたん?食べんの?」

「いや…」

「何?照れとるん?」

「なんっでだよっ!」

思わずがなるように言って誤魔化すように一口食べた。

「あーうん。美味い。」

「でしょ?」

そう言って笑った顔にまたドキリとした。

どうして俺はこの関係に甘んじていたのだろう。

友達以上恋人未満。

なんでそれで満足出来てたわけ?

今日までの自分が心底理解出来ない。

なんか、すげー、欲しい。

欲しい。手に入れたい。独り占めしたい。

そういう欲求が急にあらわれた。

いいや、本当はずっと持っていた。

ずっとずっとそう思っていたんだ。

だってそうだろ。

だって好きだから。

好きだから欲しいって思う。

そんなん当たり前だ。

だからだたビビってるだけだろ。

ふわふわと取り留めのないこいつが本当のところどう思っているのか解らない。

俺のこと好きって空気なんか俺の勘違いかも知んねーじゃん。

したら、この関係が崩れてなくなるんだろっつって。

やっぱり俺が意気地なしなだけ。


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