達央

□初めての誕生日
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「たつ君の誕生日ってさー。」

「んー?」

「ポッキーの日だよね?」

「そーそーそー。」

たつ君のマンションのソファで肩をくっ付け合って映画を一本見終えたところで私はようやっと誕生日の話題を出すことに成功した。

確認するみたいに問いかけたけれど、そんなの本当は百も承知ってやつ。

大好きな彼氏と過ごす初めての誕生日が目前に迫っている。

10月も下旬に入って気温はぐっと下がり冬に向かって行く気配がする。

「なんだかちょっと肌寒い」とたつ君が言った。

今日は家でゆっくりと最近買ったブルーレイでも見ようとたつ君が言って、本日はお家デートに決定した。

それに今日は週末、きっとどこへ行っても人ゴミだと思う。

それでも本当は外に行きたかった。

サプライズも考えたけれど、たつ君への誕生日プレゼントがどうしても決められずにいるのだ。

11月の11日までもうあまり日がない。

風邪を引いては大変だもの。

家で映画を見ようとの提案に「いいよ」と言った選択に後悔はないのだけれど。

焦っているのも事実。

「じゃあ、誕生日プレゼントはポッキーだね。」

「・・・別にいいけど?」

「あはは、冗談だよ。何か欲しいものある?」

「あー。ポッキーでいいかな、うん。」

「いや、冗談だってば。」

頼みの本日のデートをお家デートにされてしまったので潔く直球で聞いたのだけれど。

聞き方が悪かったかな…。

まさかそう言われてしまうとは思っていなかった。

いくら仮に本気で本人が良いと言ったって誕生日プレゼントがお菓子だけではプレゼントするこちらは納得できない。

ただの男友達ならともかく、付き合っている大好きな彼氏にあげる物なのだから。

初めてあげる誕生日プレゼントなのだから。

しまった。失敗した。

回りくどい言い方なんかせず、初めからハッキリ言えば良かった。

もうすぐ誕生日ですね。プレゼントしたいので欲しい物を教えて下さい。

こんなところで躓くなんてなんてこと。

「ごめん。本当に欲しい物、教えて?」

「マジでマジで。ポッキーをさ、俺と雛姫で両側から食ってくの。」

「それって・・・」

「そうそう。ポッキーゲーム。」

たつ君が白い歯を見せてきししと笑う。

何それ。

もう、こっちは真剣なのに。

「やだよ!」

「なんで。」

なんでってなんで。

そんなの、解るでしょ?

ちゃんと解っているくせに、本気で解らないって声出すんだから。

「なんか、やだ!恥ずかしい!」

「じゃあ、雛姫が口移しで食べさせてくれれば。」

「やだ!たつ君とはなんか無理。」

「はぁ?彼氏と出来ねーくせに他のやつとは出来んのかよ。意味解らん。」

表情は変えず無表情のままで、それなのに低い声で凄んでみせる。

本気で怒ってなんかいないくせに本気の声を出すんだから。

プロなんだから、それ狡いでしょ?

「だってなんか、たつ君は変態くさい。」

「よーし雛姫、ここ座って大人しく俺の言いなりになろうか。」

たつ君が満面の笑みで自分の両膝をポンポンと叩いてみせる。

「えー。」

「おしおきだー。」

「ごめんなさい。ごめんなさい。でも、だって。」

後ずさりをしてバランスを崩しソファから落ちそうになった私を見てたつ君はぶはっとふき出して白い歯を見せて笑った。

「お前、俺の誕生日だぞ。今その話だぞ。変態とかおかしいだろ。」

「だって本当のことだもん。」

「何褒めてんだよ。」

「褒めて・・・はないけど?」

「やっぱりおしおきだー。」

たつ君は両手を伸ばし私の脇腹をひとしきり擽りながら、それはもういい笑顔を浮かべ声を上げて笑った。

私が「やめて」と繰り返し告げても完全無視を決め込んでくる。

ひいひいと息も絶え絶えに「ごめんなさい」と口にしたところでやっと手を止めてくれた。

満足したように「参ったかぁ。」と声を弾ませた後、ガバリと私の膝に覆い被さった。

「んもう、笑い疲れた。」

「お前がさっさと謝んねーからだろ。」

私、最初に謝ってたでしょ。

そう思っても口には出さず心の中だけで突っ込むに留める。

また擽られるのは遠慮したい。

たつ君はきっと手加減してくれているのだろうけれど、それでもいつもやり過ぎなんだから。

うつ伏せに自分の膝に抱き付くようにじゃれるたつ君の頭をそっと撫でた。

どうしてかな、仕掛けてくる悪戯が少々度を越していても許してしまうのは。

わがまま、大きな子供みたい。

でも、優しい。

ちゃんと大人の気遣いしてくれる。

好きをくれる。

大切にしてくれる。

私の好きを受け入れてくれる。

彼女の特権をいっぱいくれるの。

たつ君がうつ伏せをやめてゴロンと上を向く。

未だくつくつと笑いながら人の膝の上でいい位置を模索して頭を滑らせる。

「撫でてー。」

上を向かれたことによって手を休めたら、たつ君が目を閉じながら催促した。

人の膝を枕にして目を閉じて腕を組んで頭を撫でさせて、寝ちゃうつもり?

もっと話したい。

もっといろんなこと2人でしたい。

そう思うけれど私は言われた通りに頭を撫でる。

気持ちよさそうに口元を緩ませるのが可愛いから、許す。

「やべぇ、寝ちゃいそう。」

「いいよ。」

寝顔も可愛いから許してあげちゃう。

「んーん。寝ない。」

「どうして?眠いんでしょ?」

「ん…でも、もうちょっとお前と話してたい。」

「あ、あの、私も。私もそう思ってたの。」

たつ君が伝えてくれたことが嬉しくて、自分も同じ気持ちなんだと伝えたくて。

懸命に告げると、たつ君は再びくつくつと笑ってゆっくりと瞼を持ち上げた。

目が合って、瞳に引き込まれる。

たつ君の掌がおもむろに私の頬に触れる。

「雛姫。」

穏やかに名前なんか呼ばれてしまったら従う他ない。

瞳がキスをせがんでる。

降参です。

顔を近付けて唇に触れる。

たつ君の口角が満足気に上を向いた。

「じゃあさ、どっか遠出でもしようか。」

「え?」

「誕生日プレゼント。どっか行こうぜ。」

「いいの?」

「いいって何が?」

「忙しいんじゃないの?」

「まぁ、誕生日当日にっつーわけにはいかないけど、今から計画立てて近々さぁ。」

「うん。行きたい。」

2人きりで遠出なんて初めて。

我慢しようとしても自然と口元が緩む。

「車で行ける範囲になっちまうけどなぁ。あ、温泉とかは?近場なら一泊行けっかも。」

「何それ。楽しみ過ぎる。」

「お前と休み被らすの大変かもだけどな。一泊ってなるといつんなるか解んねぇけど。でもどうせ行くなら一泊してぇよなー。」

「ん?じゃあそれって、もう誕生日プレゼントじゃなくない?」

「…まぁ、そう言われちゃあそうかもな。俺は別にいいけど?」

「それに、車で行くなら誰が運転するの?」

「俺。」

「じゃあ私は?」

「雛姫は運転手にお茶とかガムとか渡す係。」

「それいつもと一緒だよ!やっぱり誕生日プレゼントじゃないよ。」

お泊り旅行に浮かれて当初の目的を見失うところだった。

プレゼントをしたいのに私がプレゼントをもらうところだったよ。

「だからポッキーでいいって。」

「違うの。もっとちゃんとしたのを渡したいの。いつでも渡せるものじゃなくて…。」

「んー。そっかぁ。」

「いろいろ考えたの。でも考え過ぎて決められなかったの。一番喜んでくれるものをプレゼントしたかったの。」

たつ君はにーっと笑って私の頭をポンポン撫でた。

「俺はポッキーでも嬉しいんだけど。一番喜ぶんだけど。」

「・・・今、私、真剣…」

「茶化してるわけじゃねぇって。」

「えぇ?」

たつ君が起き上がってソファに座り直す。

それから私を引き寄せ後ろから抱きしめてくれた。

「俺は、お前がくれるもんならなんでも嬉しいってこと。お前が選んでくれたものなら、それが一番喜ぶもんってこと。」

「そんなの…。それ、本当?」

「嘘ついてどうすんだよ。んじゃあお前はどうなの?逆の立場だったらって考えてみろよ。」

言われた通り頭の中で考えてみればすんなりと納得が出来た。

たつ君が自分を思って選んでくれたものならなんだって嬉しいしかない。

同じ気持ちなの。

それって幸せだよね。

でもそれでも、やっぱりあげる立場としては納得がいき切らない。

「でも何かちゃんとプレゼントしたいのー。」

「あー?じゃあ来週、時間とっから一緒にぶらぶらすっか。」

「うん、うん!」

「そんでどっかで飯食いつつ旅行の計画立てるってのはどう?」

「いい!凄くいい!」

「ほいじゃそれで決まりー。」

「ありがとう。」

私がお礼を口にするとたつ君がぶはっとふき出して笑った。

「なんでだ。俺がありがとうなんじゃん。」

「だって、やっぱりたつ君が凄くすっごーく喜ぶものあげたかったから。」

「あー。そっかそっか。」

たつ君がぎゅうっと抱きしめる力を込めてくれる。

それから、ははっと笑って犬にするみたいに頭をくしゃくしゃにかき混ぜられた。

「や、やめてぇ。」

「よしよしよし。いいこいいこ。」

「解ったから、もう…。」

たつ君は加減なく、これ以上ないってくらい人の髪をぐしゃぐしゃにしてからようやく手を止めた。

まるで容赦がない。

元に戻そうと必死に髪を撫でつける私を見て「鳥の巣」ってゲラゲラ笑ったりして。

たつ君がやったんでしょーが。

とは、やっぱり口には出せず。

手櫛でせっせと髪を正していると背中にどすんとたつ君の頭がぶつかる。

「でもマジで、お前が傍にいてくれんだったらそんだけで…」

「え?」

「なんでもねぇ。うし、コーヒーでも飲むか。」

「うん。あ、私が淹れるね。」

「そう?じゃ、頼む。」

「うん。待ってて。」

そう言い終わるや否やキッチンに急いだ。

頬に手を当てると熱くなっている。

食器棚のガラスに映る自分の顔が真っ赤だった。

たつ君の声、よく通るから。

呟かれた小さな台詞だってちゃんと耳に届くんだよ。

好きが止まらない。

あんなこと言われちゃったら私…。

「もう、本当…好き。」

口にすればもっと溢れて想いを自覚する。

「雛姫。」

「え!?」

呼びかけられて振り返ればいつの間にかたつ君が後ろに立っていた。

びっくりしてカップを落としちゃうところだった。

「好きって何を?」

「え…。」

「それとも誰をって聞いた方がいい?」

自信たっぷりに微笑んでじりじりと距離を詰められる。

先ほど声に出した台詞を聞かれていたってこと。

後ずさったところで、すぐにキッチンの最奥の壁に体がぶつかる。

たつ君の手が伸びて私の手の中のカップを奪い傍らに置いた。

流れるような動作で両腕を伸ばして閉じ込められる。

覗き込むように瞳を合わせられれば、頬が更に熱を帯びる。

触らずとも熱くなっているのが解った。

下を向いて目を反らしたら顎に指をかけて無理やり上を向かされた。

あぁ、もう逃げられない。

捕らえられてしまったの。

「なぁ、誰のこと?独り言を言っちゃうくらい誰のこと好きなの?」

「・・・解ってるくせに。」

「解ってるけど。言えよ。」

いい声で誘惑するの。

有無を言わせないで従わせるの。

「たつ君が好き。」

「知ってる。」

「知ってるの知ってる。」

私がそう答えると笑って私の手を引っ張る。

「もうコーヒーいいや。ずっとひっついてようぜ。」

「うん。いいよ。」

くっついてるって、貴方の枕としてでしょ?

もちろん全然、それが幸せなんだけれど。

「あ、そうそう、雛姫。」

「ん?」

「俺もお前、好きだわ。」

「・・・知ってる。」

「知ってるの知ってる。」

抑えきれず笑い声を漏らして、肩を揺らして、一体どんないい顔してるの?

振り返ってみてよ。

バカね、あなた髪切ったんだから、耳が赤いのバレてるのよ。

勝負しようよ。

今、私とたつ君、どっちの方がより赤くなっているかって。

いつまでもこのままでいたいの。

傍にいさせて。

貴方の傍でずっとプレゼントさせて。


end.
2015/11/11+1

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