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「はぁ……。また天海様の代わりにお留守番かぁ。悪いことしてないといいんだけど」

都には、どうも不穏な気配がする。

「五年前もこーんな空気だったなぁ……。結局あの時僕が見たのって、誰だったんだろう?」



結界反転は、高度な術の成せる技。
砕けた水晶は、海を塞いだ結界と同じもの。
紫の蝶は、呪と毒の合成にして彼の得手。


その全てが示していた。五年前から今までずっと、刑部が暗躍していたことを。





逆さ鏡の物語
 〜貝合わせが揃う〜





「今です! 『跳べ』!」

「うおりゃああぁっ!」

言霊により、通常の何倍もの身体能力を引き出す源二郎。炎が蝶の羽を焼くが、実体がないのかすぐに元に戻ってしまう。

「これ以上の言霊は危険にござります! 身体にかかる負荷が……!」

「なれどここで引いては、サンセイ殿に顔向けできぬ! 某は頑丈が取り柄! まだまだやれる!」

蝶が羽ばたくことで舞い散る毒は、朱雀が全て滅している。

「急所が分かれば、一点集中もできるが……」

朱雀が唇を噛むのを見て、巫女も蝶を見る。と。ふと、蝶の左目が太陽を反射したように見えた。

「……お姉様、一つ試したいことがあります」

真剣な声だ。いつからこの子はこんな強い目をするようになったのか。

(……サンセイと備前守の影響、か)

「私の矢で、射抜いてみたいのです。ですが動かれると狙えなくて――」

「言霊使い! あの蝶に言霊は通じないか!?」

「申し訳ありませぬ! 生きていないため通じません!」

「巫女殿、何かお考えが!?」

「ほんの少し、動きを止めていただきたいのです!」

源二郎は一瞬考えると――

「言霊の継続時間はどれほどだ?」

「私めが集中して使っても、三十秒が限界かと」

「十分だ。巫女殿、三十秒あれば射られるか?」

「はい!」

源二郎の体が、突然業火に包まれる。中から現れたのは炎の虎。紅の虎がそこにいた。

「某に言霊を! ――蝶に飛び付いた瞬間に、『動くな』と!」

「からすが、それでは貴様に毒が――!」

言葉を振り切って飛び出した源二郎。こうなればやるしかない。芳春院は魂を込めて叫んだ。

「――『動くな』!!」

毒の固まりに飛び付き、噛みついたその瞬間の言霊。源二郎の体が硬直し、蝶の動きも明らかに悪くなる。

「今だ、姫!」

考えてしまった。もし間違えば――、もし源二郎に当たれば、清めの矢で源二郎が死ぬかもしれない。今さらながら、矢が震える。

「ど、どうぞ、お早く!」

言霊が切れてしまう。そうなったらもう源二郎は動けない。でも、でも。



視界を、黒い何かが横切った。



「――宵闇の羽の方っ!?」

投げた短刀が蝶の羽に刺さった瞬間、その短刀に陣が浮かび上がる。漢字が円を描くその陣のおかげか、実体のない蝶を空中に張り付けにする。さらに何本も同様に短刀をなげ、蝶は完全に動きを止めた。

「――やぁっ!!」

みんなが助けてくれたのだ。絶対外れることはない。巫女は矢を放つ。それはキラキラと輝きながらまっすぐ左目に飛び込み、そして――、蝶が、霧散した。

「や、やった……! やりました!」

毒霧の中に残っていたのは、砕かれた大きな水晶。ひびだらけにも関わらず、よろりと浮かぶとどこかに向かって飛んでいった。

「源二郎様!」

はっと正気に戻れば、ぐったりとして動かない源二郎。猛毒を全身に受けたため意識もないのだ。

「ど、どうしましょうお姉様! 解毒剤は……!」

涙を浮かべる巫女の頭をカマイタチがポンと撫でる。懐から何かの粒を取り出すと源二郎の口に含ませた。

「……まさかそれは万能薬か? 伝説の妙薬だが、どこで手にいれた?」

カマイタチはわずかに笑みをこぼすと、あっという間に姿を消したのであった。






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