ノンフィクション!
□Act.2
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Act.2
あんなに張り詰めた嫌な空気が、少し軽くなったように思う。だけど一度植え付けられた恐怖はそう簡単に拭えるものでもなく、震えは止まらない。
「俺の荷物、何かあったか?」
「帽子…」
険しい顔のまま聞いてきた男に、壁のフックに掛けたテンガロンハットを見れば、無言のままそれを被った。
男を目で追えば、その足は玄関へ向かった。フローリングにへたりこんだまま動けずにいると、リビングを出る時に男は止まった。
「………。」
「………。」
そして数秒こっちを見て、玄関へと向かった。そして1分もしないうちに、バタンっとドアの閉まる音がした。
たぶん、男は出ていった。それがわかると同時に私はパタリとフローリングに崩れた。
*****
「ん………」
気が付けば時計は9時を指していた。そして思う、あれは夢だったのかと。夢だとしたら嫌味なくらいの悪夢だ。現実と思いたくない。体が痛いのはフローリングで寝てしまったからだ。
とりあえず洗面所に向かって、来なければよかったと後悔した。
洗面所の鏡に映る私の首に出来た跡。くっきりと手形になっていた。
「夢、じゃなかった…」
赤く残ったその跡に、一瞬身体が震えた。出来るだけ鏡を見ないようにして、洗面所をでた。
寝巻から部屋着に着替えてソファーに座ってコーヒーを飲む。そういえば新聞を取ってなかったなという事に気付く。
わざわざ新聞のために1階のポストに行くのは面倒くさくはあるが、特にする事もないので新聞を取りに行くべく腰を上げた。
ガチャ―――
「………………」
バタン―――
玄関から一歩出て、思わずそのまま家に入ってしまった。たぶん、私じゃなくてもこういった行動にでてしまうと思う。
だって玄関出てすぐの所に昨日の男が壁にもたれていたのだから。昨日と違うのは見つけた時のように血が付いてない事と、勝手に着替えさせた服を着ている事だった。
そしてしばらくドアノブに手を掛けたまま、ため息を吐いてもう一度玄関をあけた。
「…ねぇ。」
「………。」
「ねぇってば。」
「…………………ぁ?」
「どうしてここにいるの?」
テンガロンハットで男の表情は見えない。顔が見えないぶん幾分か話しやすい。
「……行ける所がなかった。知ってるのはここだけだったからな。」
それでここに居たわけか。だけど私にとってはただの迷惑でしかない。
「そう。でも、うちの前に居座られても困るの。」
第一、初対面であんな暴力的な事をしてきた奴に親切になんて無理な話だ。こっちは介抱したというのに、あの仕打ちはない。
ここで優しい言葉を掛けられる程、私は馬鹿でもお人好しでもない。
「いきなり首絞めたりしないかぎり、誰か1人くらいあなたの助けになってくれる人いるわよ。ま、ここじゃなく余所を当たる事を勧めるわ。」
昨日の今日でここまで言えた事にびっくりだ。手は少し震えてるけど、これは仕方ない。
立っている私から座っている男の表情が見えることはないが、反応を示さない男を見るのを止め、玄関を閉めて私は1階へ向かった。
*****
新聞といくつかのダイレクトメールをとって階段を上がっていると、8階を通り過ぎたところで奇妙な音が聞こえた。
たとえるなら、テレビで見るサバンナの野性動物の唸り声みたいな音だ。でも気にしたところで、実際野性動物がいるわけでもないだろう。山奥とかならまだしも普通に拓けた場所だし、動物園も近くに無い。何より日本だ、理由はそれで十分だろう。
何の音だろう程度に思って9階の廊下を歩いていると、私の部屋の前にはあの男。今度は完全にスルーしてやろうと、少し新聞を強く握ると、さっきのあの音が聞こえてきた。男から。
察するに、音の正体は男のお腹の音のようだ、というかだった。あまりにも私の持つこの男の印象と掛け離れた状況に、思わずため息がでた。
「はぁ……。」
すると男が勢いよく顔を上げ睨んできたが、その迫力も恥ずかしげもなく鳴る音のせいで大分緩和される。そしてその姿が知人と重なって、私はいつからこんな馬鹿になったのだろうと思った。
「とりあえず何か作るから、うち入ったら?あー、靴脱ぐの忘れないで。」
玄関を開けながら言って、開けっ放したままキッチンへ向かうと、しばらくして扉の閉まる音がしてオレンジ色のテンガロンハットがソファーに見えた。
(2011/05/18)