紅の月

□居眠り美華
1ページ/4ページ

第1章「居眠り美華」
明和九年(1772年)8月下旬江戸深川六間堀町金龍長屋
朝焼けの光が町並みを照らし出し、それに誘われる様に人々は活動を開始していた。
表店(おもてだな=表通り)の店舗では奉公人達が忙しく動きまわり開店の準備に勤しんでいる。
一方表店の裏側に存在する裏長屋でも住人達が起きだし長屋の中央に設けられた井戸に集まり炊事の用意を始めていた。
ある者は、江戸市内に張り巡らされた上水道から引き入れた水が満たされた井戸から水を汲み出し米をとぎ野菜を洗い、またある者は汲み出した水で顔を洗っている。皆が賑やかに朝の準備を整えている中、長屋の一室の引き戸を開きながら一人の女武芸者が小さく欠伸をしながら歩み出て来た。
ブラウンの長髪を後ろで纏めあげた女武芸者はエメラルドグリーンの瞳を眠そうにしばたたせながら井戸へと歩み寄って行った。
「おや、美華ちゃんかい、お早うさん!」
「お早うございます皆さん」
井戸端で作業に励む奥さん連中からの言葉に笑顔を返しながら女武芸者…九重美華は井戸に向かい釣瓶を井戸へと降ろした。
「今日も口入れ屋(職を探す人間に仕事を仲介する業者)に行くのかい?」
奥さん連中の一人の言葉に美華は頷きながら口を開いた。
「ええ、まだ店賃(家賃の事)を半月分しか払えていないので…」
「そいつは大変だね…まっ、頑張んなよ…」
「…ありがとうございます。」
奥さん連中からの言葉に笑顔で応じながら美華は釣瓶をあげて足元に置いた水桶へと水を注ぎ込んでいた。
表店通り
「さてと…口入れ屋さんに行こうかな…」
美華はのんびりと呟きながら表店に面した木戸から表店通りへと足を進めた。
腰に大小二本の刀を差した美華が口入れ屋に向かおうと歩き出したと時後ろから明るい声が彼女を呼び止めて来た。
「お〜い!美華♪」
その声に振り向いた美華は表情を柔らかくさせながら口を開いた。
「留奈(るな)ちゃん…お早う…」
美華に留奈と呼ばれたワインレッドのショートヘアにアメジストの瞳を持つ美少女…両国西広小路の両替商紅月(こうづき)屋の娘で妹の明倫(めいりん)と共に「小町姉妹」と呼ばれている…留奈は笑顔を浮かべながら美華に話しかけて来た。
「ちょっと用事があったから深川まで来て、用事が終わって帰る所だったんだ」
「そうなんだ…」
以前縁日に出会って以来親しく付き合っている留奈の言葉に頷きながら美華は口入れ屋に向かう事を告げると留奈は少し考え込んでいたがやおらポンッと手を打つと口を開いた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ