黒翼の扉(短編小説)
□春の雨
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灰色の雲が空を覆い、まだ冷たい春の雨が静かに窓を濡らす午後。
座り心地の良さそうな椅子に深々と腰掛け、手にした本を読むでもなくただ外を眺め続けるジェネシスの姿があった。
カップに注がれたアールグレイはとっくに冷めてしまっている。
「考え事か?」
いつの間にか部屋に入ってきたセフィロスが声をかけた。
いつもなら『勝手に入ってくるな。』と返される所だが、今日は全く反応が無い。
肩に手を置くとヒヤリと冷たかった。
そういえば部屋の温度も低い。春とはいえ、こんな日はまだまだ寒かった。
「こんなに冷えるまで考え事とは、どうしたんだ。」
空調のスイッチを入れながら、今度はそっと頬に触れてみる。
ようやくセフィロスに目を向けたものの、見えているのかいないのか。またすぐに視線を窓の外へ戻す。
こういう状態のジェネシスには何を話しかけても無駄なのは承知している。
小さく肩をすくめると、諦めて近くのソファにドサリと腰掛けた。
雨の音だけが心地よく部屋に響き渡る。
ユラユラとたゆたうように流れる時間に身を任せセフィロスは瞳を閉じた。
そのまま現実と夢との間を行き来し始めた頃。
かすかなフレグランスの香りに鼻先をくすぐられ、瞼を薄く開いた。
これはジェネシスの香り。
傍らにたたずみ、何を話し掛けるでもなくただ自分を見つめているだけ。
セフィロスはのろのろと起き上がり、透けるような銀色の髪を鬱陶しげに掻き上げた。
「どうした…」
声を掛けようとして、ふいに強く腕を掴まれた。
「生きてたのか。」
ジェネシスがボソリと呟く。
「やっと口を開いたかと思えば…。」
あまりに突拍子のない言葉に、セフィロスは思わず苦笑いしてしまう。
「青白い顔をしていたから息をしていないのかと思った。」
無表情のまま話す様子に小さくため息をついた。
「もし俺が息をしていなかったら嬉しいのか?悲しいのか?」
「……どうだろう。…ホッとするかもしれない。」
茶化したような問いに至極真面目な顔で答えた。
その様子を見てセフィロスは無言で先を促す。
「お前が死んで嬉しいなんて有り得ない。ただ…ホッとするのも事実…だと思う。」
その思いつめた言葉に柔らかく聞き返した。
「何故?」
「お前といると時々…自分が自分じゃないように感じる…。それが不安で仕方ない。」
「例えば?」
「お前の言動に一喜一憂したり…感情的になったりするのが…」
不安げな顔で言いずらそうに話すジェネシス。
「アンジールの話だと、言葉使いすら変わっているらしい…だから…」
「だから?」
聞いているうちにセフィロスは瞳を楽しげに細めた。
「お前が消えたら 自分の矛盾に悩まされずに済むと思って…」
そこまで話す間に、気付けばセフィロスに抱き寄せられていた。
「俺は愛されているな。」
耳元に唇を寄せ、囁くように言葉を紡ぐ。
「何をそんなに恐れている?俺だって相手がお前だと少なからず自分を見失う。自分すら知らなかった自分に驚く事もあるさ。」
そう言いながらジェネシスを見つめる瞳は『だから楽しいんだろう?』と語っていた。
「俺の前では、周囲の人間が思っているよりずっとお前はかわいい男さ。」
「気味の悪い事を言うな」
いつもの調子が出てきたジェネシスが冷たく言い放つ。
それでも抱き寄せた腕は弛めずにセフィロスはまた楽しげに笑った。
それ以上会話を交わす事もなく、部屋には静寂が戻った。
―もっともっと知らないお前を見せてくれ
もっともっと知らない俺を見せてやるから―
サラサラ…サラサラ…
降り続く春の雨が二人を再び微睡みに誘った。