黒翼の扉(短編小説)
□聖夜
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街中にクリスマスソングが響き渡る。
今日はクリスマスイブ。
携帯を片手に、一人考え込むジェネシスがいた。
部屋のテーブルには綺麗にクロスが掛けられ、ローストされたターキーやブッシュドノエル、数種類のチーズにワイン、冷えたシャンパンが用意されていた。
しかも ご丁寧にキャンドルや小さなツリーまでセットしてある。
もう見るからにクリスマスを楽しみます的だ。
いそいそと準備をした自分を我ながらどうかしてると思う。
きっかけは先日の会話だった。
「最近街中がやけに賑わっているように感じるが…」
ソルジャーフロアから外を眺めながら、セフィロスがボソリと呟いた。
「ああ、クリスマスが近いからだろう?」
何気なく答える。
「…そういえば年末にはそういうイベントがあるんだったな。」
さして興味がある風も無く返された言葉にジェネシスが反応した。
「まさかクリスマスを知らない…とか?」
「ああ…、知らない…というよりは経験した事が無いから分からない、という方が正しいな。」
どうでもいいと言いたげに返された。
考えてみればそうだった。セフィロスは神羅で産まれ、研究員達に囲まれて育ったのだ。
家族とのクリスマスなど経験できるはずもない。
胸がチクリとした。
ある程度の年齢になってからは特別意識する事も無くなったが、幼い頃はクリスマスが楽しみで大好きだった。
綺麗にデコレーションされたケーキと、いつもより豪華な夕食を家族と食べ、朝には大きなツリーの下にプレゼントが置かれている。
あの頃は本当にサンタクロースが届けてくれたと思ったものだ。
アンジールや他の仲間達とクリスマスパーティーを開いてプレゼント交換をした事もあった。
村の教会には人が集まり、皆で賛美歌を歌う。
普段は礼拝をサボりがちな人ですら、この日ばかりは足を運んで来たものだ。
その記憶が抜けないせいか今だにイブの夜は不思議と厳かな気持ちになる。
こんな自分でも ほんの少しだけ聖なる者の存在を信じてみたくなるくらいに。
まだ村にいた時の事を色々と思い出すうちに『誰かと過ごすクリスマスの温もりをセフィロスにも教えてあげたい…。』そう思ったのだ。
しかし実際に準備をして、いざ誘うとなるとためらわれた。
…なぜなら。
セフィロスの為と言い訳しながらも、自分がウキウキと楽しみにしてしまっている事に気付いたから。
『子供か俺は…。』
と恥ずかしくなってくる。
それに。
もっと正直に言うと、セフィロスと過ごすイブを想像して甘い感情が湧いてしまったから。
『乙女か俺は…!』
そもそも何故俺だけこんなに盛り上がっているんだ?きっとセフィロスは今日がクリスマスイブだって事すら、気付いていないはず。
そう思った途端、ものすごい敗北感に襲われた。
いや、別に勝負をしている訳ではないんだが…。
そんなこんなで携帯片手に今に至っている。
大体、何て言って誘えばいいんだ?
「“一緒にイブを過ごさないか?”…キモいな。“部屋に来い”…こんな時に上から目線すぎか…。」
ついぶつぶつと独り言を口にしてしまう。
「困った…どうしようか…普通に“今日空いているか?”…」
「俺なら空いているが?」
独り言がピークに達した時いきなり背後から聞き慣れた声がした。
ギ、ギ、ギ、ギ… と壊れたブリキのオモチャのような音が聞こえてきそうな程 ぎこちなく振り返ると。
腰に手をあてニヤニヤしながらこちらを見ているセフィロスがいた。
「セフィロス!お前…っ!ノックぐらいしたらどうだ!」
独り言を聞かれた恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にして怒鳴るジェネシス。
「ノックくらいしたさ。誰かさんが独り言に夢中で気付かなかっただけだ。」
ますます楽しそうにニヤつく姿がジェネシスの神経を逆撫でする。
「何の用だ!?」
フイと背を向け、冷たく言い放つと。
「ずいぶんつれないな。これは俺の為に用意してくれたのではないのか?」
テーブルに視線を送り からかうように言われ、さらに逆上する。
「自惚れるな!!誰がお前なんかの為に…!」
怒鳴りながら振り向くと、さっきまで入り口にいたセフィロスが真後ろまで来ていた。
「このっ…!」
文句を言いかけた口を軽いキスでふさがれた。
「Merry Chrismas…ジェネシス。今日はイブなんだろう?」
まさかの言葉にジェネシスは驚きで目を丸くした。