黒翼の扉(短編小説)
□溶ける唇
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八番街LOVELESS通り。
ROBSONS劇場前にパンフレットを片手に立つ、ジェネシスの姿があった。
毎年上演されるLOVELESSの舞台を観に来たのだった。
白いシャツに光沢のある黒のパンツ。
首にシルバーのストールを軽く巻き、薄いブラウンのサングラスをかけただけのシンプルさ。
決して目立つ格好ではない…はずなのに。
なぜかこの人混みの中、一際人目を引いてしまうジェネシス。
ただそこにいるだけなのに、纏っている空気まで違って見えてしまう。
その凛とした美しい立ち姿に、周囲は声をかける事すらできず。
そんな事は全く意に介さない様子のジェネシスは、腕時計にチラリと視線をやり、このまま帰ろうかどうしようか考えている。
そんな時。
「お一人ですか?」
ジェネシスに声をかけてきた男がいた。
金髪に薄いグリーンの瞳。ラインの綺麗な質の良いスーツをさりげなく着こなした姿。
ジェネシスは一瞬、値踏みするように視線を上下させ『…合格。』と心の中で呟く。
「よろしければ一緒に食事でも…?」
誘う男に、返事代わりに薄く微笑んだ。
ベッドに腰掛け、身仕度を始めたジェネシスの肩口に唇を押し当てながら。
「もう帰るのかい?…このまま放したくないな。」
と甘く囁いてきた男に視線すら向けず無言で立ち上がる。
「ちょっと待って…!」
あわてた男に手を掴まれたが、冷たい視線を向け酷薄な笑みを浮かべる。
その表情にザワリと背筋に冷たいものを感じた男は、本能的に危険を察知したのだろう。
無言でその手を放した。
「今日は楽しかった。」
何の感情も感じられない声でそう告げると、ジェネシスは男の顔をスルリと軽く撫で、部屋を出て行った。
こんな事は珍しい事ではない。
任務が無く暇を持て余した時は街に出てみる。
この容姿のおかげで、相手に不自由はしなかったし、神羅のソルジャーだとバレなければ特に面倒も起こらない。
もともと貞操観念が薄いジェネシスにとって、一晩限りの行為に罪悪感を感じる訳でもなく。
ただ最近帰り道ふと虚しくなる事が多くなっていた。
「はぁ〜…。」
思わずため息が漏れる。
この満たされない感覚は何なのか。
そもそも自分は何のために他人と肌を合わせるのか。
いや、満たされないから人肌が恋しくなるのか?
では自分は一体何が満たされないのだろう。
自慢ではないが金も地位も男にも女にも不自由していない。
目標だったクラス1stにも昇格した。
なのに何かが足りない。
その時ふと、一人の男の顔が脳裏に浮かぶ。
「…無い無い!!」
ジェネシスは、その顔をかき消すように思い切り頭を振った。
部屋に戻りルームライトを点け、疲れた足取りでリビングに向かう。
ジェネシスはその誰も居ないはずの部屋の、ソファで眠る人影に気付き声を上げた。
「セッ…セフィロス!?おまっ…人の部屋で何やって…!」
「…ああ、遅かったな。お前の帰りを待つうちに寝てしまったようだ。」
当然のように答えているが。
そもそも留守の間に部屋に入ったって、どうやって?まさか合鍵?いつの間に?
聞きたい事だらけなのに、あまりの驚きに口をパクパクさせるだけだった。
「細かい事は気にするな。…まぁ座れ。」
ここはお前の部屋じゃない!と思いながらも、この男には何を言っても無駄だと観念し、セフィロスの隣に脱力しながら座った。
「で?部屋に不法侵入してまで何の用なんだ?」
ため息をつきながら軽く嫌味を言ってやる。
そんなジェネシスの柔らかな髪を撫でるように触りながら、首筋に顔を近付けクンと匂いをかいだ。
「お前…どこの野良犬にマーキングされてきたんだ?」
ニヤリと笑うその無遠慮な物言いにカッとなった。
「お前には関係無い!」
頭に触れる手を振り払おうとしたが、逆に荒く髪を鷲掴みにされてしまう。
「痛っ…!」
思わず声が漏れる。
その唇をいきなり塞がれ、熱い舌が歯列を割ってヌルリと入ってきた。
あまりの突然の行動に、ただ呆然と目を見開いたままのジェネシス。
それを見たセフィロスは、チュッと音をたて唇を離し、楽しそうに囁いた。
「キスする時は目は閉じるものだろう?」
頭が真っ白になる。
何故この男が自分にこんな事をするのか全く理解できない。
でも。
初めて触れたこの男の唇に異様な興奮を覚えていた。
今まで誰にも感じた事の無い感覚。
「あ……」
離れがたい衝動にかられ、思わずセフィロスの頬に指をのばしていた。
「もっとか?」
そう言いながら再び重ねられた唇の感触に脳が痺れ、力が抜けた。
嫌味な言葉とは裏腹に、セフィロスの唇はひどく優しくて。
目尻がジワリと熱くなる。
キスだけで全身がこんなにも満たされていく。
「おれ…オカシ…イ…」
潤む瞳でうわごとのように呟くジェネシス。
その顔を覗きこむ蒼銀の瞳は、見惚れるほどに真摯な色を宿し、甘く微笑んだ。
「おかしくないさ。お前は他の誰でもなく、俺が欲しかったんだろう?」
甘い熱に浮かされて言葉を紡ぐ。
「お前…を?」
「そう。好きなんだろう?俺のことを。」
「す…き…?スキ…」
「いい加減観念して、俺にしておけ…。」
そう言うとジェネシスの身体をきつく抱き締め、脳に直接響くような声で耳元に囁いた。
「愛している…。」
その瞬間、全身を循る血液が沸き上がるのを感じた。
「あ…つッ……イ」
火照る身体を持て余し、セフィロスに全てを預ける。
ああ、これだ。
俺が欲していたもの。
今まで自分が満たされなかった理由。
ホシイ。ほしい。欲しい。
触れ合った所からジワジワと全身を甘い毒で溶かされていく感覚。
「もう誰にもこの身体に触れさせるな…。」
熱を帯びた声で囁かれ、ジェネシスはただ素直に頷くしか出来なくなっていた。
「す…き。すき…すき…」
セフィロスの首にしがみ付き、うわごとのように繰り返す唇をゆっくりと甘く塞がれる。
思考が停止する。
ああ…
カラダが
溶けて…
イク……
おわり