黒翼の扉(短編小説)
□あれから10年も
1ページ/1ページ
『無口でお高そうな奴。』
初めの彼の印象は最悪だった。
まだ10代中頃の話。
俺がソルジャーになりたての時、同年代の彼はすでに1stとして第一線で活躍していた。
周囲もどうやら特別扱いしているようで。
彼自身はそれを全く気に掛けていない風で、その余裕が益々俺をイラつかせた。
「セフィロスって、いつも一人でいるよな。寂しくないのかなぁ。」
一緒に昼食をとっていたアンジールが言う。
「1st様は、俺達なんかとは口もききたくないんだろ。」
不機嫌そうに返す。
「そういう感じには見えないんだよなぁ…。」
なんの気なしに交された、この会話のせいで、気付けば彼を観察するようになっていた。
なるほど。友達と呼べるような人間はいないようだ。
トレーニングも食事も休憩も、見るといつも一人。
「寂しい奴…。」
そう言いながらも、益々目が離せなくなって。
ある日、いつものように窓際の席で一人、食事をとる彼の姿があった。
色素の薄い肌と、肩まである銀の髪がキラキラと陽に透けて、このまま消えてしまうのではないかと、凝視してしまう。
何にも執着の無さそうな、この男の視線を自分に向けさせてみたい。
初めは、こんな好奇心からだった。
「ここ、いい?」
突然声を掛けてきた事に驚いた様子のセフィロスが、無言で頷く。
それを確認して、向かい側の席に座った。
特に何を話すでもなく、黙々とスプーンを口に運ぶ俺を不思議そうな顔で見つめている。
うざいとか、嫌がるではなく、ただ本当に“?”という表情。
その様子が可笑しくて、ついクスクスと笑ってしまった。
普通ならいきなり笑われたら、怒りだしそうなものなのに、彼は益々“??”という表情になっただけ。
「なんか、お高くとまって、冷たいイメージだったけど、実際はそういう感じじゃないんだな。」
ついうっかり言葉にしてしまった。
セフィロスは目を丸くして俺の顔をジッと見ていたが、初めて口を開いた。
「……俺、周りにはそう見えているのか?」
これには正直、え〜っ?と思った。
気付いていなかったの?
「そうか…。それで皆、俺を避けているのか…。」
素直に納得する姿がまた可笑しくて。
あんなに嫌いだったこの男が、一気に好きになってしまった。
それからというもの、俺は暇さえあれば、セフィロスを構うようになっていた。
知れば知る程わかる、この男の孤独さ。
幼い頃からソルジャーとしての訓練に明け暮れていたからか、全くの世間知らずで。
研究員らに育てられたために、人の愛情を知らず、甘える事も知らず。
同年代の子供もいなかったので、友達の意味も知らない。
実戦に参加するようになってからは、他の追随を許さない、ずば抜けた戦闘力であっという間に1stに大抜擢。
そんな生い立ちのせいで、他人に興味が無く人間味の薄い、近寄りがたいイメージが定着していた。
そうなるともう、彼の風貌も相まって、周囲の羨望や嫉妬の恰好の的で。
なんだか不憫にさえ思えてくる。
それでも、俺が声を掛けるようになってからは、彼の雰囲気も柔らかくなったようで。
これで多少は、周囲とも馴染めるようになるだろう、と思った。
が、ジェネシスは気付いていなかった。
彼自身もまた、人を寄せ付けないオーラを放っている事に。
周囲にしてみれば、それが二人に増えただけ。
結局、アンジールがたまに話しかけてくるのみで。
ジェネシスはいつの間にか、セフィロスの側にいるのは自分だけ、という事に優越感をおぼえていた。
それから程なく、アンジールとジェネシス二人が1stに昇格。今に至る。
「あの頃は、まさかお前に乗られる日が来ようとは、思いもしなかった…。」
セフィロスの腕の中で、ため息まじりに呟いた。
「あんなに素直でかわいかったのに。こんなになっちゃって…。」
「…。俺は初めて声を掛けられた時から、お前に乗る気満々だったぞ?」
ニヤニヤとからかうように言われて。
「興味津々な顔で、近付いてきたお前が可愛いくて。気に入ったから、側にいる事を許していたんだ。」
と追い討ちの言葉。
「お前以外の奴なら、即刻退場願っていたさ。」
「えっ!?」
「押し倒す機会をいつも伺っていたしな。触りたくて仕方なかった。」
いやいや、ちょっと待て。
確かに、今やすっかり絶倫エロ魔神だが。
あの頃から、そんなんだったの?
「さ…詐欺だ…。」
あの頃は、自分より子供だと思っていたのに…。
「なんかショック…。俺の美しい思い出を返せっ。」
くるりと背を向け、拗ねるジェネシス。
そんな仕草はこの男を喜ばせるだけで。
「あの頃からお前だけは大事にしてきただろう?」
優しく耳元に囁かれて。
「ずっとお前だけだ。その事に何の不満がある…?」
ゾクリと背中が痺れる。
確かにその通り。
気付いていた。
声をかけた時から、この男の瞳に映るのは自分だけだという事に。
それが何を意味するかは、あの頃はわかっていなかったが。
なんだか急に恥ずかしくなって。赤面してしまう。
顔は隠したが、白い背中がほんのり桃色に染まって。セフィロスにはばればれ。
その背中を優しく抱き締める。
「これからもずっと、一緒にいてくれ…。」
その言葉に、素直にジェネシスは頷いた。
今更離れられる訳もない。
そう。あれから10年。
これから10年も。
ずっと、ずっと一緒に。
おわり