白翼の扉(短編小説)
□あまい、きみの。
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任務終了後、たまにはと、ザックスに報告書を書かせていた。
「アンジール、ここなんだけどさ…」
隣に座り、報告書と格闘するザックスが、肩をトンと押し付け、質問してきた。
その時、フワリと香った、あまい香り。
アンジールは、それをクン、と嗅いでみた。
ちょっと、ゾクリとするほど、いいニオイ。
「お前、何かつけてる?」
「へ?何も…。ってか、俺、汗臭い?任務終わって、ここに直行したから…?」
ザックスはクンクンと、自分の腕を嗅いだ。
ザックスの、そんな姿をみて、クスリと笑いながら答えた。
「いや、そうじゃなくて。…いいニオイがした気がしたから。」
「そぅ?俺、わかんね。でも臭くないならイイや。」
また、報告書に視線を戻した。
それから少しして。
「でもアンジールも、たまにいいニオイするよな。」
そう言うといきなり、アンジールの脇の辺りに、鼻先を付けて、ザックスがクンクンしだした。
「おい!本物の子犬か、お前はっ。」
おもわず突っ込んでしまった。
その数日後…。
1stの専用フロアで、アンジールとジェネシスが休憩をしていた。
「なぁ、ジェネシス。」
「何だ…。」
「最近、ザックスから、妙にいいニオイがすると思わんか?」
突然の親友の質問に、読んでいた本から目を離し、答えた。
「子犬が?香水というキャラじゃないしな…。焼き肉とかカレーとか、そういう類いか?」
お前のザックスのイメージはそんな感じかと、アンジールが苦笑いした。
「いや、そういうのじゃなくて…。何ていうか…。あまい…?感じの…何なんだろうな…とにかく、気になって仕方ない。」
ジェネシスは、手にしていた本をボトリと床に落とし、顎に手をあて、真剣に考え込むアンジールの顔をまじまじと、見つめた。
次の瞬間。
「ブハーーーッッ!」
ジェネシスが吹き出した。
訳がわからないアンジールに、心底楽しそうに、こう言い放った。
「そうかそうか、お前の好みは子犬だったのか!」
「はぁ!?」
「どうりで今まで、どの女とも長続きしなかったはずだな。」
「だから!どうしてイキナリ話がそうなる!?大体、俺の好みは巨乳美女だ!」
我ながら、バカな事を口走っていると思いながら、アンジールが言いつのる。
「自覚が無いから始末がわるい…。」
なおもジェネシスが、ニヤニヤしながら続ける。
「では聞くが、今まで甘い香りを感じた人間が、男でも女でも、他にいたか?」
「…いないな。…だから、それとどう関係が…」
「まだわからないのか?本当に頭が堅いな。」
「???」
「…恋だな。しかも欲情してるんだよ。…ニオイまで感じるなんで相当重症のな…?」
あまりの予想外のセリフ。
「…まさか!」
「今さら偏見があるなんて言うなよ?」
「いや、それはないが…」
アンジールが呆然としている所へ、セフィロスがやってきた。
「待たせたな。」
ジェネシスに一言告げた。
「いや、面白い話を聞けたからいいさ。」
ジェネシスはそう言いながら、ボソリと囁いた。
「俺も、そのニオイ、この男に感じる時がある…。」
考え込むアンジールの姿が楽しくて、こう付け足した。
「今度、子犬の首筋でも舐めてみるといい。きっと、あまい味がするぞ…?」
ジェネシスはニヤニヤ笑いをしながら、セフィロスと部屋を後にした。
「アンジールゥ!受付のお姉さんに、お菓子もらった!一緒に食べない?」
よりによって、こんな時に、ザックスが部屋へ遊びに来た。
「あ、ああ。入って…。」
二人でソファに腰掛けた。ザックスが、ごそごそと箱の中身を確認する。
その時また、あのニオイ。ゾクリとした。
箱を覗き込むザックスの、白いうなじから、目を逸らせなくなった。
「あまい味がする。」というジェネシスの言葉が、頭の中でぐるぐるして。
〈ペロッ〉と思わず舐めてしまった。その味に、クラクラと目眩を感じて…。
あまい、あまい…。 アマクテ、オイシイ。
「えっ?何?」
ザックスは、アンジールの冗談だと思った。が…。
その味に、アンジールの理性が吹き飛んだ。
アマイ…アマイ…モット…タクサン…ホシイ…。
アンジールは引き寄せられるように、ザックスのうなじにくちづけた。
何度も甘咬みしながら、ねっとりと舌で味わう。
「やっ…、何…してんの、アンジール…っ!」
これは本気かも、とわかり、ザックスが逃げようとする。
その身体を後ろからきつく抱き止められ、身動きがとれなくなった。
その首筋をアンジールは強く吸い上げた。ジリッと痛みがはしる。
「ヤ…ダァ!何…で?アンジ…ルッ…嫌だっ…」
いつもと違うアンジールの姿に、ザックスは恐怖で涙がでてきた。
その声に、やっと我に返ったアンジールは、腕をゆるめ、慌てて謝罪した。
「…すまない…。」
「…何で?」
ザックスが赤い目で見つめる。
どう答えたらいいのか、わからず無言になる。
「…俺の事、からかったのか?」
「それは違う!」
しばらくの沈黙の後。
「………。俺、アンジールが好き…。すごく好き。…でも…気持ちが無いのに…こういう事されるの…すげぇ傷つく…。」
ザックスの瞳から、またボロボロと涙が零れた。
その姿を見て、アンジールは、自分が情けなくなると同時に、はっきりと自覚した。
愛しくて、可愛くて、
甘い、あまい、お前。
腕をのばし、優しくザックスを抱き寄せて、こう囁いた。
「俺も、お前を愛している…。可愛くて仕方ない…。だから、お前に泣かれると、辛い…。」
ザックスは、何も言わず、アンジールの胸に、甘えるように、顔をうずめた。
「…俺を…、許してくれるのか…?」
「ん…。だから、もっと、ギュッてして…?」
こんなにも、愛しいと思える存在に、何故今まで、気付かなかったのか…。
抱き合って気付く。誰にも決して代えられない、このぬくもり…。
今まで、誰と抱き合っても、こんな気持ちにはなれなかった。
こんな鈍い俺をどうか許してくれ…。
「ザックス…。本当に愛してるよ…。」
甘い、あまい、お前。
この腕に抱き締めて
二度と離さない。
ああ、なんて、幸せ。
おわり