恋姫無双【記紀奇跡】

□白の章
1ページ/14ページ



「世は乱れた」と言うが、世なんぞ常に乱れっぱなしだろう。どこそこで争いや諍いが起こり、どこそこで罵り合いや差別が育まれ、どこそこで人は死んだり死なせたりしているものだ。それが、世の常だ。世界に目を向ければ、人なんざ秒単位で死んでいる。

 だが、その全てをグラフ化して見てみれば、人の死ぬ割合の高い場所はあるのだろう。

 言うなれば――「その国は、乱世に翻弄されていた」



 空は快晴なれども土地は乾いている。砂漠と言うほどでは無いけれども、風が吹けば砂塵は上がる。そんな狭い範囲の世界を走り抜ける者達が居た。漆黒の髪をなびかせる者、二人。

 一人は艶やかな着物を纏い、白い帽子と黒いマフラー。加えて貴金属の円環を胸に宿している。もう一人は、砂対策なのか、薄汚れた茶色いローブを頭まですっぽりと覆っていた。二人共、男。

 共に旅をしているのか、二人共馬に乗り、着物の男は自分の荷物に背を預けて、更には足を組み、今にも安眠しそうな体勢で馬を走らせている。素人目でも中々の乗馬技術だと目を引く二人組みだが、それよりも目を引くのは、馬と並走する獣だろう。

 その獣は、馬では無い。薄茶色の体毛をした狼である。それもかなり大きい。その背に大人が寝そべっても走れるだろう巨体。俊敏な足からは、人を背に乗せて走れるだろう筋肉を思わせる。

 そんな、珍しい二人組みの旅人だった。

 風をなびかせて走る様は堂に入っており、長らく旅をしていたのだろう。今は、その旅路の途中だろうか。

 ふと、着物の男が手綱を引いて馬を止める。ぶるる、と男の馬が啼き、後続の馬も啼いて止まる。ローブの男がなんだろうかという視線で前の男を見れば、着物の男は脇に目をやり、うふふー、と笑った。


「やぁやぁ、やっぱりだ。なんか、面白そうな事が起こりそうだ」

「視野が広い事は戦に優れ、遠い事は政に向くのは確かですがね、師匠。いきなりどうしたんですか?」


 ローブの男が着物の男を師と仰ぐ。この二人は、師弟の関係なのだろう。師が風景の向こうを指さし、弟子が視線をむける。彼らからやや離れた大地には、青年が一人、倒れていた。ローブの男にとって、見た事も無い白い布を纏って。


「……また、人が倒れてますね。確か南部でもこんな風景を見た気がします。で、それがどうかしたのですか?この乱世、野垂れ死になんて、さして珍しくも無いでしょう」

「つまらん考えをひけらかしてんじゃねぇよ。わっかんねーかなー。この乱世が、もっと乱れる事になる事がよ」

「見識深い事も世を見通す千里眼も、畏敬せざるを得ない事ですがね、師匠。それを我々人間に求められても酷です」

「……、なぁ。その褒めたようにみせて貶されているような考えを彷彿させる喋り方は、全体どうした事だ?」

「キャラ立ちの知恵とお考えくだされば。俺も、このままキャラに埋もれていくのは嫌でしてね」


 あっそ、と弟子の言い分に溜息を吐いた着物の男は、背の荷物に手を突っ込む。取り出したのは、一本の棒。片手で握れるぐらい細く、両手の平ぐらい長い、棒だった。それを、男は倒れている男の近くに投げる。


「……なんですか、あれ?確か以前にも南方で、黒服の少年に石ころみたいのを投げてましたよね」

「俺も暇でっさー。やっぱり、この世界に存在してる限りは、楽しく傍観していたいワケよ。あわよくば、良い感じに育って欲しくてねー」

「……。その悪しき無く無邪気さ加減を放出出来る笑顔は愛敬の極みですけれどね、師匠。だからって誰彼構わず【神の施し】をお与えになさるのは、止めた方が良いかと」

「良いんだよ。俺のもんだ。俺がどうしようと俺の勝手だろうよ。さぁて、三者三様、三竦みといこうかい」


 かんらかんらと笑い、着物の男は馬を走らせる。狼もそれに並走し、ローブの男はやれやれと溜息をついた。



 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲


 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ