花筏−おもひのいろ−

□第三章 花宴・中編
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「遅うございましたので、心配致しましたぞ」


言葉とは裏腹に、弾正と弦ノ介を見渡しながら、天膳は冷たい口調で語った


紡がれる言葉の端端に棘が含まれておるのを
感じながらも

弦ノ介はフッと口角を緩ませ答える


「未の刻前には卍谷を出立したのじゃが、
 幾分か刻がかかってしもうたようじゃ。
 待たせてしもうて合すまぬ」


伊賀衆を見渡し詫びをいれると弦ノ介は、
低くではあるが頭を下げた


予想だにせぬ弦ノ介の行動に一同は呆気にとられる

おろおろと心配そうに仔細を眺めていた朧は、
愛しい許嫁を助けるために声を上げた


「そっそんな弦ノ介さま!何も謝ることなどありませぬっ。
 伊賀へは山を越えねば参られませぬゆえ、
 刻がかかるのは仕方のない事、そうでしょう天膳!?」


「いや、実は山道に生える花々が見事に咲き誇っておったでの。
 つい魅とれてしもうて、ゆるりと参った次第なのじゃ。」


遅参の真相をこうも素直に明かす弦ノ介に、
天膳はフッ…と口角を緩ませながら不快の交じった返答をする


「ほぅ、それはのんびりと…ようございますな。
 伊賀へ抜ける道は険しい山道ゆえ、ゆるりと参られるのは賢明なご判断かと…。」


「早う来てもよかったのだが、伊賀方も宴の手配など忙しかろうし、 
 急に来てもそちら側に迷惑をかけると思うての。
 それに、我ら甲賀も常日頃から研鑽はやまぬが、
 険しい山道は中々よぃ鍛錬になった。
 しかし、気遣いをかけくださり…ほんにありがたい。」


嫌味を含んで返すように、それでも尚、
天膳-伊賀方-の上面だけの心配りに礼を述べる弦ノ介

余裕をもったその表情と声色に面白いはずはない


「ほぉ、かように我ら伊賀に対して
 お心を汲んで下さるとは…
 まこと…有り難い事…ですな。」


何時もに増して冷然と言い捨てる天膳の様子…

これから共に席を囲み宴を催するというのに和やかならない場の空気に、

朧は不安交じりに弦ノ介を見上げ声を掛けようとした

その瞬間、ハッとして視線を横に向ける



-弦ノ介さまの右側に佇むこの少女は…誰!?-


と思いつつ首をかしげながら不思議そうに問いかけた



「あのぅ…弦ノ介さま、お隣にいらっしゃる方はどちらさまですか?」


朧の何気ない言葉に釣られ、後方に控える伊賀衆も続けて

夕澄に視線を移す


天膳の後ろで控える小四郎も同じく少女の姿を確認した刹那、

ぎょっとして目を見開いた…



-あの白練貫地の召し物は…昨日の…−



名も知らぬ、もぅ合う事は無いだろうと思うておった女子が…


まさか…こっ甲賀者であったとはっ…‼



幻のような心地よい一時

ややに感じた甘美なまでの酔夢譚


己が人生はじめておとずれた僥倖に思いもよらず
懊悩しそれでも考えらずにはいられなかった


銅色の瞳の少女…


今…目の前に居るのか!?

まさか…かような再会をするとは…


急転同地の展開に小四郎は激しく動揺する

伊賀衆の小物が独り戦慄く中、

興味あり気に夕澄を見つめる一同に弦ノ介はふっと笑みを浮かべる


「紹介は後程ということで。宜しいかな朧殿?」


「まぁ、そのように申されますと余計気になりまする。
 でも、…どのような方なのか楽しみですわ!」


ニコニコと笑う朧の後ろで控える伊賀衆は

意味あり気に答えた弦ノ介の意図がどこにあるのか逆に掴み切れず

却って不審を抱かせてしまう


穏やかならぬ空気に始まり、

加えて不明瞭な女子まで同行させてくるとは…


甲賀の者どもめっ…一体何を企んでおるのじゃ!?



そんな家臣たちの懸念などなんのその

朧は甲賀一行を見渡すと嬉々として案内を促した


「あぁここで立ち話はいけませんね。さぁどうぞ、
 皆さま中へお入りください。」


「では、遠慮のう上がらせてもらおうかの」


仔細を事細かに見守っていた弾正はやれやれと言った感じで答えると

跳ね橋に歩をすすめる


「うむ邪魔をさせていただこう」


弾正の後に弦ノ介、そして横には夕澄

甲賀宗家三人を筆頭に後方には

将監、左衛門、丈介、お胡夷の順に

未踏の地…伊賀お幻屋敷へと足を踏み入れた



甲賀者をむざむざと我らが鍔隠れの本拠地に迎え入れる時がこようとはっ…


なんたる恥辱っ‼


伊賀衆はみな苦虫を潰した表情でそれを見やった



朧に先導された甲賀一行が跳ね橋を渡り大門をくぐったところで

天膳はじめ伊賀衆は重い足取りで甲賀衆の後に続く

少しの距離を置きつつ前方の様子を窺がいながら





「肉感的な姿態がたまらんのぅ〜♥♥」


と前方を歩くお胡夷を見ながら、

厭らしく舌ずり舐めまわす念鬼は女子の品定めを開始する


「やはり女は二人だけか。後ろにいるのがお胡夷として…、
 弦ノ介の横に侍るが陽炎と申す女子か?」

「…なんぞ召し物を被ってからに、肝心の面相が判らんではないかっ!」
 

チッと舌打ちしつつ念鬼に指摘された-陽炎-と思わしき少女を

食い入るようにじっと見つめる小四郎に,

ニヤニヤと不敵の笑みを浮かべる夜叉丸が声をかける


「先ほどからジロジロと見やって…
 おぃ、そんなに気になるのかよ‼」


突然の横やりに内心焦りながらも、小四郎は言い訳にもならぬ返答をする


「ちっ、違う俺はただ甲賀者の様子を伺っていただけだっ‼」


「たく素直じゃねえな。
 眼を丸〜くして、さも食い入るように凝視してんのが
 バレバレなんだよ小四郎!」

唇をゆるませしたり顔で図星を突く夜叉丸に,

黙れ!と唸る小四郎をまぁまぁと宥めながら


夜叉丸は不思議そうに問いかけて来た



「けどよ、あの女…召し物なんぞ頭からすっぽり被って、
 変だとは思わねぇか?」


「…面を人前で晒せぬとは、よほど己の見目に自信が無いのでしょう」


不憫そうに、しかし面白く詮索する蛍火の言葉につられ

腕を組みながら相づちする夜叉丸は不憫そうに
憐みの言葉を口にした


「酷な話だな…しかも女ときては…。嫁の貰い手も無いぜ。」


「ほんに…お可哀そうですこと」


好奇心から来る憶測で勝手に話を作り出すこの二人…


またか…といった呆れ顔で見やる小四郎は心の中で呟いた



-かような見目はしておらぬ、むしろ逆だー


-…しかし、はっきりと全てを見たわけではない-


-いったいどのような面容をしておるのだ?-



そんな一人悶々と自問する小四郎の方に振り返る念鬼は、
二カッと満面の笑みで耳打ちをしてきた


「まぁ面容はどうであれ、あの娘のお相手は小四郎おぬしじゃ。
 伊賀の名に恥じぬよう、ぐふっ、気張るのじゃぞ‼」


既に戦闘態勢に入りつつある念鬼の恍惚とした息遣いに、
うっ…と嘔吐きを覚えながら小四郎は小さく頷いた


「…わかっておりますよ念鬼殿」



-天膳様の命とはいえ、意に添わぬ女子などと…思うておったが…-


-もし昨日の、あの真白の少女ならば…-


-いや、別の意味でも確かめなければならぬ‼-


そぅ、自身に言い聞かせると小四郎は目をつむり
フ…と深呼吸をすると鼓動を鎮めた



再び目を開くと、その黒々と光る眼に

夕澄をじっととられて見つめ続ける





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