花筏−おもひのいろ−

□第二章 花宴・前編
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夜叉丸に、呪詛交じりの罵声を浴びせられているとは露知らず、小四郎は庭園の奥の方で、庭岩に背をもたれながら空を見上げていた。

口は半開き、眼は虚ろで、呆けた顔にはいつもの精悍さは微塵もない。


お役目など、すでに忘却の彼方へ葬り去っていた小四郎は、朝方からこうしてあてもなく、ただぼんやりと座り込んでいた。

しかし、それには理由がある。

昨日の、あの不思議な出来事が頭に焼きついて離れない。おかげで昨晩は一睡もできず、増してや今夜の宴に関しても朧への思慕が心をかき乱す。複雑に入り交じった気持ちに一人、悶々としているのであった。


謎の少女に対する甘やかな思いと、朧さまに対する切ない思い。絡み合い、もつれにもつれて、グルグルと頭をもたげてしまう。いくら考えを巡らせても、解決法などみつからない・・・。



祝言を聞き及んだ時から、覚悟はしていた。

が、いざ宴の催しを聞いた時、激しく動揺し不安でいたたまれなかった。

ずっと、陰から見守りお仕えしてきた、大切な姫さまのお側に寄り添っていくのは・・・憎き甲賀者。

見つめ合い、手をとりあって、長い人生を共に歩んでいくのだろう・・・。



姫さまが幸せになられるのなら、誰であろうと・・・目をつぶり、心から祝福しよう。そう自分に、言い聞かせてきた。



なれど・・・

なぜ、甲賀者なのだ?

なぜ?



ググッと拳を握り、爪が手のひらに食い込むと、昨日つくったばかりの傷口に鈍い痛みが走る。そろりそろりと手をひろげ、傷口を見つめた。



そういえば・・・、あの少女と過ごした一時は、不思議と心地よかった。心が解きほぐされたように、穏やかさに包まれた瞬間。



あんな風に、心安らかに刻を過ごしたのは、久方ぶりだったな・・・。

見ず知らずの、名前も分からない女子(オナゴ)。

少女の姿は今も目について忘れることはない・・・。



真白の肌、真紅の瞳、ゆったりと優しげな声色

そしてやわらかな肌・・・
(なっ何を考えておるのだ俺は・・・)

なぜか少女の胸を揉みしだいた場面が、強烈にそして鮮明に思い起こされて・・・。



少女の球体は見た目とは裏腹に、溢れるほど大きく、餅のように柔らかで、温かであった。

揉みしだくと、俺の腕の中でせつなげに声を漏らした・・・。もし、あの時・・・少女が止めに入らなければ、俺はもっと・・・ふっ不埒なことをしてしまっていた。



・・・・・っ!

小四郎はよこしまな感情をなぎはらうかのように首を左右にふると、懐から膏薬を取り出す。



少女と俺を繋ぐ唯一の証・・・。



じっと見つめつつ、やりきれない想いばかりが心を埋めつくし、焦燥感が募っていく・・・。



情けないな・・・。女人に囚われ、一喜一憂するなど・・・。


「馬鹿だなぁ・・・俺は・・・」

「そうじゃ、大馬鹿者じゃ」

「てっ天膳様!!」

低く澄んだ声に、ビクリと体を強張らせた小四郎の顔に、汗がにじむ。おそるおそる振り向くとそこには、鍔隠副頭領にして小四郎の主である薬師寺天膳がゆらりとたたずんでいた。ややいぶかしんだ顔には、呆れた表情もみえてとれる。

小四郎はあわてて膝をつく


「・・・小四郎、お主ここで何をしておった?」

「えっ、いや・・・その・・・」

冷たく突き刺さる視線に圧倒され、ついどもってしまう。そんな従僕の身の上など気にとめるはずもない主は、えぐるように言葉を続ける


「大方、今宵の宴の件でいたたまれず、悶々としておったのであろう・・・。お前は最近たるみすぎじゃっ。昨日など、山菜を満足に収穫できず、しかも手傷を負って帰てくる始末。それと、朧さまのことで思い悩むのは勝手だか・・・お前にどうこう出来る件ではあるまい。いいかげん腑抜けるのも大概にせよ!小飼いとは言え情けない、ほとほと愛想がつきるわい・・・。」

(っ!いくら事実とは言え・・・そこまで言われなくとも・・・ひどい、ひどすぎまする天膳様っ!)

「・・・・・。」

すべてを見透かされ、恥ずかしくていたたまれない・・・

ただうなだれて何も返答しない従僕を見下ろしながら天膳は、ため息をはく

「まぁ、お主の気持ちもわからんではない。鍔隠次期頭領の伴侶となるのが甲賀者ときては・・・。伊賀衆みな、今回の縁組みには憤りを感じておるからのぅ。しかも、親睦を深める宴など・・・おもしろいはずもない。」

一見静かに語る天膳だが、その声色には、時おり強い怒りが滲んでみえ隠れするのを、小四郎はひしひしと全身で感じていた

「それを朧さまは・・・、朝方からさも嬉しそうなお顔をなされて、先程から衣装合わせをしておられるとよ。少しは我々の気持ちもお察しくださればよいものを・・・。しかし、今宵の宴は伊賀方から申し入れた事故、甲賀者に侮られぬよう、手抜かりなく催さなければならぬ。伊賀の名に恥じぬよう、きちんと役目を果たすのじゃぞ小四郎。」

「はい・・・。承知しておりまする。」


鋭い口調で不甲斐ない手下にそう釘をさすと、天膳は踵を返しその場を立ち去る。





天膳様がおっしゃる通り、宴はともかく・・・、今俺が出来ることは朧さまが恥をかかぬよう万事お役目を果たすこと!



―姫さまのために―



身に巣くう思念を振り払うかのように、小四郎は勢いよく立ち上がると、掃除道具を片手に急ぎ足で廊下へと向かう



この後、念鬼殿にくどくど説教+ボヤきを聞かされている夜叉丸から殺気交じりで睨まれ更に自分も巻き込まれ、結局お役目を果たせずじまいの俺は天膳様からきつーいお灸をすえらる羽目に・・・本当ついてない・・・。




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